ひとを甘くみたりして

「きみは何故そうやってしつこくわたしを誘惑するんだい」
 と、彼はここ数日で百度重ねた溜め息の山にまた新たな一つを吹き込んだ。わたしは子守歌を無下にして夜更けに彼の寝所を訪い、律儀に人を模倣する宵闇の子に、より“人間らしい”娯楽の味を教えようと躍起になっていた。然し低劣な情欲を煽るべく肥えふとったわたしの肉も、この取り澄ました獣には、まったく価値のない供物だった。
「きみがある種の快楽に餓えているのは手に取るようによく分かる……聖職者というものも皆がこう強情ではなかったぞ、わたしの初めての客はかの侯爵夫人が清廉の座から蹴落としたがっていた若い司祭だった。思い返せばあの男はきみに似ていた」
 目の前の司祭は慣れた様子でこのあからさまな挑発を受け流し、淡い真夜中の沈黙のなか、彼の瞳の抱えもつ冷めた青だけが彩度を保って迷い子の戯れを諌めようとする。わたしは腰かけていた寝台の端から、這いずるようにして彼の傍らまで乗り上げた。誠実な聞き手は身を起こしてこれを迎え、われわれは同じ高さで目を合わせた。彼の薄い唇がおもむろに言葉を紡ぎだそうとし、わたしはそのありさまに陶然とした。
「その類いの望みがまったく無いと言えば嘘になるが、特段それを満たしたいという気もない。眠りたいというのが一番だよ、今ある欲といったら……」彼はこれ見よがしに目を擦り、あくびを噛み殺した。次いで思案げに瞼を閉じて暫くの間黙っていた。それからにわかに唇の端へ笑みを惑わせ、歌うように呼び掛けた。「アーサー、どうしてもわたしと遊びたいという事ならば、こう頑なに撥ね付けるのは冷淡かもしれないね。いいだろう、もっと近くへおいで」
 わたしは経験のない喜悦が胸のうちにわき起こるのを感じた。聖人ぶったこの男は軽くあしらって適当な頃合いに追い払おうという心積もりだろうが、一度はじめてしまえば必ずきみは最後まで平らげることになる。絹糸のような黒髪に顔を寄せれば、退屈と無関心との背後に身を隠す欲の香を嗅ぎとった。交接の痛みを知らぬ生娘の無邪気な期待、子鹿を狙う新米の狩人の昂り、乳母にいたずらを仕掛けたばかりの幼児の……いたずらを仕掛ける幼児?
「アーサー、わたしはきみが思うほど清廉でも非力でもないからね……」
 その夜は結局、屋敷に迷惑な悲鳴が響いて終わってしまった。確かに彼は意地悪で馬鹿力、一晩中人を擽りまくり、獲物がもがいて哀願しても、決してその爪の下から逃がしてはくれなかった。わたしはぐったりと疲れ果て涙を拭うことすらできない有り様だったが、このおふざけの最中についた細かな傷や圧迫の痛みとそれを案じる指先の温度から、噛み締めるように幸福を味わっていた。普段より多少荒々しい彼の姿に満足したのは言うまでもない。