捕食者を食む

 わたしはこのところ、妙に腹を空かせている。わたしの愛する小さな小鳥はそれこそ小鳥の餌ほどの食べ物しか口にしないため、食事の内容は以前と比べればかなり貧しくなっていた。とはいうものの、量で埋め合わせるか、でなければ堂々と豪華な間食(という名の余分の食事)をとることで問題なく胃袋を満足させることができていたはずだった。だが近頃のわたしは……正直なところ、この飢餓が単純な摂食行為で鎮まるとは到底思われなかった。現に昼食の席では清貧の徒への配慮も忘れ、暴食の罪の戯画よろしく豪奢な晩餐の品目を好き放題貪り食ったが、得たのはシャツの襟元の汚れと、彼の控えめな困惑だけだった。わたしは腹を空かせたまま午後を迎え、並ぶ活字を追う彼の後ろから耳や首や肩の上に無遠慮な唇を這わせ、辛うじて空腹を和らげている。普段ならこのような淫らな行いは撥ね付けられるものだが、慈悲深い司祭は飢えた獣の惨めな様子に憐れみをかけたのか、この時ばかりは咎め立てもせずわたしの好きにさせていた。彼の膚には味がなく、ただ香りだけがいたずらに食欲の表層を撫であげ、からかうように意識の裏側を舞い遊び、手を伸ばせば巧みに逃れていく。わたしはもどかしさに苛立ちを覚え、上下の歯をしたたかに打ちならした。彼はびくりとしたが、こちらを伺うこともなく、行頭の飾り文字に視線を絡めているらしかった。それでまったく唐突に、わたしは彼に血を流させることに決めた。
 普通の人間の標準からするとやや尖りすぎたわたしの牙が獲物の薄い皮膚に食い込むと、彼は慎ましい悲鳴をあげ、絵空事の世界を放り出した。丁度あの夜、彼の指を噛んだ時と似ている、しかし今度のわたしはしつこく食らいつき、抗う彼を押さえつけ、逃がすまいと躍起になっていた。彼はやがて身動きを止め、その諦めと呼応するように、傷ついた皮膚の隙間から、ようやく目当てのものが滲み出した。
 期待した塩気も甘さもなく、血液は嘔気を誘う鉄錆の香に満ち、有り体に言えば最低だった。これがソースなら家畜の生命の尊厳のため料理人を厳しく打ち据えねば済まない程の“食えたもんじゃねえひでえ味”の液体を、わたしは夢中で啜った。ひと舐めするたび甘い痺れが全身を駆け巡り、罪深い指の先を震わせた。
「そろそろ止めにしてくれ」
 彼の呼吸はひどく苦しげだった。わたしはその掠れた懇願に、与えた創の意味を悟った。