枯れ枝

「違う。これじゃもう効かない、一番下の戸棚のやつをくれ」
「あれは強すぎる」
 彼はわざと間違えて持ってきた瓶をしまい、わたしの望むものを持ってきてくれると約束する代わりに、水を含ませた気休めで額をぬぐってこようとした。みぞおちの裏から痛み以外のものが煮え立つのを感じ、わたしは乱暴に彼の手を振り払った。気持ちが収まらず跳ね起きると、全身の血が逆巻いて狂奔し、気が遠くなりかける。だがきみの憐れむような目付きがふたたびわたしを突き動かした。
「きみに何が分かる!」
 飛びかかるようにして胸ぐらを掴むと、その拍子にわたしの喉奥から粘液まじりの汚ならしい血が吐き出され、きみの真新しいシャツが台無しになる。口をきこうとすると、吐ききれなかった残りが水気を含んだ耳障りな音をたてた。
「わたしは苦しんでいるんだぞ、情けを」咳とともにまた醜い染みが散る。「情けをかけてくれたっていいじゃないか、その程度の! わたしが苦しんでいるのに、き、きみはそんな、つまらない、水なんかで! ……助けてくれたっていいじゃないか、ほんの一滴でいい、一滴あればこの世のいかなる辛苦も忘れ去るように作った、今、が、使いどきなんだ。だめなのか? これではなんの為に作ったか分からない、どうして! どうして友の――た、頼みが! 聞けない、ウウ、き、聞けないんだ! 助けてくれ、なぜ助けてくれない、なぜ……」
 そろそろ背骨が折れそうだった。あちこちの関節が歪んで外れかけていて、ぐらついた歯の間から垂れる吐物と唾液のあいのこには、妙な有機物のかけらが混じりだしている。潮時だ。きみはわたしが責め立てている間もなすがままだった、不潔な痩せ鼠に対する、夜鷹の正直な無関心。わたしは彼の好みじゃない。
「だめだ。いずれ今より苦しむことになる」
 彼のかんばせは穢れなき司祭のそれ、既に主へわたしの恩赦を乞い、とこしえの安らぎを祈るものに変わっているようだった。どんな貴石にも宿らぬ美しい青の上に、みじめったらしいわたしの姿がはりついている。くろぐろと落ち窪んだ目とこけた頬は飽きられた断食芸人、卑しい歯の並んだ汚れた口元は不機嫌に餌をはねつけ買い手に損失を与えようとする異国の獣、結うこともしなくなった髪は気狂いの老女が垂らしていたものによく似ている、彼女のものと同じように、胸元には病の手になる彫刻で、骨の形が浮き出ていた。
「そうか。そうなのか。きみはわたしを、楽になどしたくないんだな、それならいい、わたし、わたしが、わたしが苦悶のうちに死に至るのを、そこで眺めているがいい、好きなだけ見捨てていろ」
 わたしは恨み言を溢しながらシーツの上に落ちた。枕を汚すわけにはいかない。馬鹿な考えだ、どうせ汚すことになるのに。苦しい。骨から肉が腐り落ち、臓腑が秩序を失って、横柄に場所を取り合っている。まだ彼はわたしを見ていた。長くかたちのいい指が髪をすく、こうなる以前は慰藉であった行為に見いだせるものは、もう慈しみではなくなっていた。悪魔は鉤爪から毒を流す。その唇からも。きみは接吻を与え、それから歌を与えようとした。わたしの好きだった歌を。わたしの右手は耳を塞ごうともがく。
「くたばりやがれ、吸血鬼め、お前なんか地獄に落ちたらいい……」
 きみは歌うのをやめた。病んだ身体は焼けつくような痺れに満たされて、どこに手足があるかも分からぬありさまだった。薬が欲しい。砂を流すような音にかき消され、ここには誰もいなくなった。