夜の帳がおりる頃、わたしは主の居ない寝台の横で膝をつき、その上に身を投げ出した。むき出しの両手はほとんどかきむしるようにしてシーツに皺をつくり、愚かな獣は懸命になってその襞のなかに顔をうずめ、またむなしく布地を撫でまわした。こうしていれば、残されたきみの温もりを少しでもすくい上げることができるかのように。
「ロス」
漏れ出た声は切実を通り越して滑稽だった、音を外して裏返り、部屋の静寂のなかであっけなく霧散した。この拙さを愛していたきみは笑うだろう、その瞳は曇りなく、まなざしは安らかで、優しかった。手をのべてこう語る、讃美歌なんて歌わせたら、きみ、さぞ豊かに響くだろう、祝福された声だ。きみが無神論者であることが惜しくてならない……
信仰が救いをもたらすのは信心深い生者にだけだ。どれほど気に入りの解釈があろうと現実はなべて素っ気なく単純なもの、死はただ鋏を鳴らし、それで一切は終わりになる。無用になった日覆いの隙間から月影はさやかに差しいって、魂の穢れを洗い落とそうとする。彼が夜ごとの祈りのなかでそうしてくれたように。だが神など比ぶべくもない、きみがわたしのすべてだった。祖父を喪ったときとは違う、星々は変わらずに宵闇を遊び戯れ、その光明が尽きることはない。友はそれを丁寧に教え諭し、物陰でわだかまる幼子の恐れにランプの灯をかざした。だが悲しみは? 時はわたしの手の中の価値あるものから、ひとつひとつ律儀に取りあげていく。この無慈悲な徴税吏に抗うすべはなく、空隙を埋める漆喰の冷気は骨を蝕んで、絶え間なく痛みをもたらしていた。
深く息を吸い込めば、まだきみの匂いがした。僻地の森で遠い歳月を閲した古木の香り、厳冬を暖めてくれる炉の炎が置いていった灰の香り、厳かに頭を垂れる賢者の裾が集めた埃の香り、褪せた挿絵を抱いた本の頁の香り、それからライラックの香りが包みこむ、静穏に過ぎていった日々を。だが確実に薄れてしまってもいた、最期の瞬間まで横たわっていたこの場所ですら、彼を留めてはおけないのだ。心臓がひとつ打つたびに、わたしはきみを忘れていく。はじめに声を、まなざしを、それから口づけの温度を。
ある夜きみはわたしのへたくそな歌を聞きたいと熱心にせがみ、音程の狂った讃美歌に合わせて幸せそうにハミングした。そしてとても苦労して腕を持ち上げ、痩せて節の目立つ指で、友人の涙を拭った。