散歩に誘うつもりだった、ふだん通りに。つましい暮らしを育む小さな家(小屋と言っていい)は領地のはずれにあり、不恰好な木々がこの集落からのはぐれ者を親しげに抱きとめていた。友が訪えば暖かい歓待とほんの少しの音楽とがもたらされた、馬の背に揺られながら期待したのは、味気ないスープと乾ききった堅いパンのことだった。芦毛が厩にいなかった。心臓が早鐘のようにうるさく騒ぎだし、戸口にわだかまる単純な匂いに怯え、厭になるほど鼓膜を叩いた。扉の隙間に指を差し入れると、そこから墨色の沈黙へ麗らかな光が流れこみ、暗がりを粗末な寝台の下へ、書き物机の裏側へ、容赦なく追いたてていった。きみは仰向けに転がっていた。それは路傍の物乞いに慈悲をかけてやるのに忙しいといった風情、恵まれたわたしが呼び掛けても応えてはくれないだろう、そう思わせるに足りるほど無関心なありさまで、ただ横たわっていた。無礼な客人が家主の許しなく踏み入っても、忠実な影はきみの周りから逃げなかった。せめてこの気取った闖入者の服でも汚してやろうと待ち構える血だまりに惜しげなく両膝の布地をくれてやって、彼の死骸を確かめる。骨の浮いた胸元を流れた血液は、清潔だったシャツをごわごわにしていた。中心はまだ未練たらしく泣き濡れている、それが恵まれぬ身の上を嘆いているのか、はたまた銀のナイフを恋しがる涙なのかは知る由もない。しかしこの心臓の持ち主の横顔は憂いも煩いもなく純真そのものだった、いつかわたしの目を朝夕にたとえたときのように。開いたままの両目には、かがみこむわたしの輪郭が鈍く映った。わたしは昔きみがきょうだいにしてやったのと同じやり方で、その目元をごく慎重に撫ぜた。薄い瞼はシギの食い散らかした二枚貝が晒すとっておきの白で、葬儀にはいささか派手すぎる青を覆い隠し、眠りにふさわしい装いをさせる。あの美しい青をなぞらえるにふさわしい物を、ついぞ見つけることができなかった。空の、海の、鉱石の、花びらの、鳥の脚、虫の殻、釉薬、厳冬の衰弱した光を閉じ込めた氷のなかに息づいた純粋な青。もう二度と開かない。
翡翠の小鳥が春の予感に羽をふるわせたあの日、わたしはためらいなく掛け金を外すことができたのだった、傷の癒えた翼をいつまでも籠にこごめておくのは幼稚な罪で、もうこの屋敷にそんな子供は居なかった。彼は薄い色あいの目をまぶしそうに細め、わたしの胸に顔をうずめた。きみは温かった。
「おやすみ、わたしのかわいい子」
唇で触れた彼の額は、いまはこわばり冷たかった。