ここにいる

 ロス・イリングワースはわたしの下僕が用意した椅子に深く身を沈めていた。目は惨めに落ち窪み、その下側の皮膚はワタリガラスの羽の色、この男はどうやら最後まで虚しく足掻き続けたいようだった。確かに強情だ、その上身勝手で、どうしようもない愚か者。
「わたしに構わないでくれ、決しておまえのようにはならない。明日が来たなら……」
「お前は薄情だね。あれを置いていくのかい。アルトゥールシュカ、こっちにおいで。彼の靴にでもキスしてやるといい、お前の神さまだったんだ、できるだろう?」
「カーチャ、きみの頼みなら」
 昔の友だちの影が落ちると、元聖職者の疲弊しきった顔は鈍い苦痛に歪んだ。私の唇はきれいな弧を描き、その恐れに慰みを見いだす。退屈に永らえるだけの生はこうして甘く醸される。恭順な私の従者が跪くと、彼は酒浸りのように震える手で以前の親友を押しやった。私の僕は拒絶されるのに慣れていない。色違いの目が主人に次の命令を乞う。
「なぜ拒む。お前の大好きなアーチャだ、構ってやればいいじゃないか。記憶にある通りだろう?」
 さっきのささやかな運動は、このなりたての化物にとっては息も絶え絶えの重労働だったらしい。まるで煤塵を核にして降り積もる灰色の雪、ひじ掛けに崩れかかり、今にも融け落ちそうだ。お前の唇を割って滴ったのは、やはり灰色の問いかけだった。
「なぜわたしにこんな無意味なことを……わたしがおまえの同胞だからか。それとも、神のしもべであろうとするわたしが憎いのか」
「アルトゥールがおまえを愛していた」私は手持ち無沙汰のかわいそうな人形を指の動きひとつで呼び戻し、入れ代わりに哀れな聖者の傍らへと寄り添った。「今は私が。お前の知っているアーチャは私の魂に織り込まれているんだよ。ロス、わたしが愛しているのはきみだけだ。わたしが全てを奪い去られたとしても、ただきみを愛していたという事実だけが残ればそれでいい。どうかこの私にもキスしておくれ」
 私は彼の顎をさし上げ、唇の柔さを舌先で確かめた。それから鋭さを欠く幼い牙を。短い口づけの間、彼はかたく瞼を閉ざし、私の愛を締め出していた。
「アーサー、どうして」
 私は啜り泣く我が子を抱いた。ロス、ここにいる。わたしが傍にいてやろう。永遠に。