わたしはメチャクチャ困っていた。いや、困っていたというか困惑していた。未だ暁は遠く黄泉の底へと押し込められて、今まで使っていた安物のマットレスとは比べ物にならないくらいふかふかの寝具がわたしを包み込んでいた。それから、ク……違う、おまえはわたしの枕元で歌のリハーサルをしていた。なんてエレガントな声だろう、僕は……間違えた、わたしはうっとりとしつつもこの余韻たっぷりの子守唄にまどろみまくっていた。まどろみついでに落ちた夢の水たまりで、わたしはおまえの指を噛み、それから腕を噛み、しまいには鼻を噛んでいた。わたしはとても心配だった。このきめ細やかな肌の持ち主を尊敬してはいたものの、最近ではそれ以上に、おいしそうに見えていたからだ。この夜のあいだに何度味見をしたことだろう、近頃のわたしは個人的な眠れぬ夜をアドベンチャータイムでやり過ごす生活を送っていた。メーキャップアーティストが遠慮なく文句を塗りたくり、わたしの目元は若干窒息気味になっている。
彼、寝てる? は恐らくおまえの声だろう、心地よく鼓膜を揺らすおまえの……待てよ、今さっきまで別の世界で物思いを遊ばせていたというのか。夢の薄層……わたしは重いまぶたをこじ開けて五回ほど上げ下げし、ありえないほど間抜けた声で、起きてるよお、と答えた。わたしの美しい歌い手は喉元の鈴を転がした。
「なにやってるんだ、そんなお寝ぼけ顔のままきみの見せ場をやるつもりかい?」
「ロス、きみは催眠術師だったようだね……」
「休憩にしたほうがいいと思う?」
彼がおどけて問いかけると、周りの人間にさざ波のような和やかさが広がった。
「ああ……ごめんってば、必要ないよ。大丈夫、起きたからね。ああでも……これから君をかじるわけだけど、もしかしたら本当に食べるかもしれない……」
「なんという罪深い男だろう。しかしそれでも神はお許しになるし、わたしもおまえを許してあげる」
おちゃらけた司祭は朗らかに声をたて、わたしの肩を叩いた。やっぱりその指はおいしそうだ。たぶん今日も眠れない。