君の名は

 彼が役に入り込むタイプの役者であることは前々からよく知っていた。だがそれはあくまでカメラの前での話、実際僕らはオフショットに何度もくだらない現代人のばか騒ぎをいくつも収録したし、撮影中は完璧だった彼の貴族的振る舞いも家に帰ればすっかり成りを潜め、おおらかでやや間の抜けた、僕のラファエルの雑な言動(ココアの粉をちゃんと溶かさないし、「よくわかんないけどそれでいいよ」を使いすぎる)は家の敷居をまたげば〇.五秒で復活するのだった。雑とはいうものの僕はまさしく彼のそんな所が気に入っていた、芝生の上に転がって、近くでは牛が寝そべりモーとか言っている、自分一人で煮ていたものわずらいもどうでもよくなり、ただ日だまりの暖かさを享受していればいいや、そういう気分……楽天的でのんびりした気分を分け与えてくれる。そしてほどよく楽天的になったなら、期待通り温かい彼の体を抱き、肩のほくろに口づけ……中間の諸々は割愛するとして……ちょっとしたお楽しみに興じるというわけだ。それで今日もお決まりのコースを進み、いよいよクライマックスというところまで盛り上がった時、事案が発生した。
 ロス。
 僕は思わず固まった。ロス?ロスってあのロス・イリングワースか? 聞き間違いかもしれない。彼の呼吸はだいぶ荒れている上、僕自身もそこまで冷静じゃない。聞き間違いかも。そうに違いない。僕は君に分けてもらった雑さで問題を棚上げし、続きに集中することにした。ああ、神さま。僕はあの敬虔な聖職者が絶対にやらない方法で神さまの名前を汚し、彼はゆっくりと息を吐いた。
「ラフ、ひとつ聞いてもいいかい?」
「何でも……」
「君、さっき僕の事をロスって呼ばなかった?」
「ウワ、最悪……」
「なんで背中なんか向けるんだよ。責めてるわけじゃないだろ。ただ少し……面白くて」
「ますます最悪。恥ずかしい……あのさ……これ僕の個人的な解釈だから絶対外で言わないでくれよ、人によってはめちゃくちゃ怒るし………あと僕、お堅い君も好きなんだよ……」
「つまり……おまえは清く正しいわたしがそういう意味で好きなのだね。わたしも優雅で洗練されたきみが好きだよ、アーサー、そういう意味で」
「最悪……君って本当に最悪……」
 僕はすっかり拗ねてしまった彼を後ろから抱きすくめながら、さっきの会話(と呼べるかも分からないやりとり)を復習していた。仲間うちでも夜の戯れにロールプレイを取り入れている人間は何人か居る、あの凝り性で何事も全力投球のキンキー女史は衣装も本格的なやつで臨むそうだ。僕らのは揃えるのもそう苦労はしなさそうだし、君は何かのインタビューでまず形から入るのが大事とか言っていた。ならやってみるのも悪くなさそうだ。朝になったらこう切りだそう、ラフ、髪を伸ばしてくれないか?