彼は酔っていて機嫌が良かった。いつもの愛想に輪をかけて朗らかで、蕩けるようなまなざしは淡いサーモンピンクの彩りを抱えた夕まぐれの空のようだった。僕らはこのアパートで鑑賞会と称した何度目かの小さな宴を楽しんで、ソファの上のお互いの姿を眺めながら、ただとらえどころのない心地よさの波間を漂っているところだった。僕は何気ない彼の指先や無防備な肩と触れあうたびに、シャツの布地や皮膚の裏側から、密かな喜びを拾い集めていた。彼はとりとめもないことをいくつも唇にのぼらせては、落ちもつけずにその辺りへ放り出している。クリス、僕はやっぱりB級映画の俳優なんだよ、ねえ、君はSFには出ない?少し眠いなあ、眠いといえば今日の現場でジョーダンがね……僕は耳に心地いい彼のおしゃべりをいつまでも味わっていたかった。これが確かひと月くらい前。昨日のことのように思い出せる。僕は彼を愛していて、彼もたぶん僕を愛していた。
「クリス、もうやめてくれ。僕の君への憧れもセクシュアリティも、君のおもちゃじゃない。確かに君が好きだ。人間として愛しているし、君と寝たいとも思ってる。でもそれは君に弄ばれて嬉しいってこととイコールじゃない。その気がないのは知ってる、だからもうそんな風に僕に触るな、二度としないでくれ」
これが二日前のことだ。僕は必死に返す言葉を探したが、頭の中のどの引き出しにも、正解がなかった。誰とのどんな会話でも相手の望みと僕の望みに折り合いのつく正解を見つけられるのが、僕の長所のはずだった。苦し紛れの一言は、彼との間のわずかな距離すら飛べずに落ちて、動かなくなった。ラファエル、君を愛しているんだ、冗談でも気の迷いでもなく。君は吐き捨てるように僕を否定して、二人で過ごそうとした部屋を出ていった。壁紙も家具も、とたんによそよそしくなった。
そうして僕は今、他人の住まいのようになった自宅でひとり、好きでもないビアをあおって泥酔している。気まぐれにつけたテレビの枠に、笑う君が切り取られている。少し前まで僕のものだった、今は違う。僕は彼がどれほど傷ついてきたか知らなかった。そして彼の方は、僕がどれほど傷ついたか、きっと知らずにいるだろう。