「きみに子どもがいたらかわいいだろうな」
僕は一瞬凍りついた。本当は永遠に凍りついていたかったけど、それを彼に悟られるのが怖かった。冷え症気味の指が撫でるのにわざとらしく身じろぎしながら、そう思う? とか答えておく。これは本心でもある。僕の子どもがいたらかわいいだろうって、そう思う? 弟も妹もいてかわいいし、甥っ子も姪っ子もかわいいけど、僕の子どもを見たいわけ? なんだか二人でいるこの時間にラベルを貼られたような気がした……というより、ラベルを貼られていたのにやっと気がついたといったほうが正しいかもしれない。最近ちょっと考えてた「クリス、僕と結婚してください」なーんてのは、まったくバカみたいな妄想だった。今すぐ消え去りたいくらい恥ずかしい。でもやってしまう前にバカバカしさに気づけてよかった、僕を傷つけずにどうお断りすればいいかって問題で凄まじく君を困らせただろうからね。
子どもがどうとかいう話のあと、いつも通りの前戯はいつも通り盛り上がって、終わったらいつも通りだらけていたけど、僕はその間じゅうずっと気を散らしていた。分かってたさ、君はもともと異性愛者だし、たまたま僕のことが気に入ったからって人生設計の中心に据えてくれるわけじゃないっていうのは初めからはっきりしていた。事を終えた彼の顔はどことなく幸福そうではあったけど、満足そうには見えなかった。彼は僕の肩にキスを落とし、さっきの話の続きを始めた。きみ絶対息子とキャッチボールしたがるタイプだろ? アハハ……。キャッチボール? そうかも。アハハ。昔付き合ってたフランクが養子の話を持ち出した時の思い出が急に蘇ってきた。あの時愛想笑いなんかするんじゃなかった。結局そこからぎくしゃくしだして終わってしまった。付き合って一ヶ月でそれはないだろって思わなくもないけど、きっと真剣だったんだろう。君も真剣? 眠そうな笑顔には真剣味なんてどこにもなかった。ただ「それが当然」という空気だけが漂って、僕の心にさざ波を立て、というか大しけにしていた。何度も波をかぶって転覆しそうだよ。男の子かな、女の子だと、父親似なら、母親似でも、仮定の家庭に君は気のいい知り合いのおじさんとして登場し、僕の子どもにちっちゃなヨットを作ってくれた。話のなかでは僕の子どもが石なんか乗っけて船をひっくり返したけど、相槌はうまくいきすぎて、そっちは転覆せずに済む。水遊びといえばさ、うちのそばに川があって、夏には家族みんなで遊ぶんだ。クラークソン家の伝統だよ。僕の子どもならそこで一度は泳がなきゃ……
「ラファエル、もし俺たちで養子をとるとしたらさ」
「え? あー、なるほど。オッケー、やっぱり男の子がいいと思うよ。女の子は身体のこととかどうしても難しいらしいし……でも僕、姉ちゃんも妹もいるしなんとかなるか。ウーン、女の子は僕、きせかえ人形みたいにしちゃうかな。ハハ……」
「悪かった」
「何が?」
「いきなり養子の話なんて」
「別に悪いなんて思ってないよ。僕の話聞いてた?」
「悪かったよ。もういい。ところで、今度の映画は刑事役なんだろ、それも結構真面目なやつ。お前、ちゃんとやれるのか?」
「その言い方はなんなんだ。失礼な、僕だってナチスゾンビとかモンスター以外もできるんだぞ……」