「ラフ!」
クリスを待って公園でぼんやりしていた僕は、聞き覚えのありすぎる声に振り返った。懐かしい男が、懐かしい顔に懐かしい笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
「ワー、フランクか! 久しぶり」
「奇遇だな、こんなところで。最近忙しそうじゃないか、観たよ、きみの新作。良かった」
もう何年も経つのにちっとも変わっていない。きっちり整えた明るい赤毛も、いかにもインテリじみた銀縁の眼鏡も、その奥の優しい緑の目も。あとこいつめちゃくちゃ体格がいいけど、前よりもさらに厚みを増したような気がする。気がするだけで、気のせいかも。焦げ茶のジャケットがよく似合ってる、着こなしは結構スマートだ。
「ありがと。立ち話もなんだろ、座れよ」
僕は隣のスペースを指で叩いた。ベンチには空きがあった。
「君、どっか行くところ?」
大男はゆったりと腰掛け、背もたれに片腕を預けた。昔はこういう時、僕の上に置かれていたものだ。彼は恋人の肩を抱いていたときと変わらぬやりかたでにっこりし、噴水のそばを歩き回る鳩に目を向けながら、こう返した。
「俺は家に帰るところだよ。出版社と打ち合わせしたんだが、どうも向こうの具合が悪そうでね。よかったら昼飯、うちで一緒にどうだ?」 おお。魅力的な提案だった、フランクの料理の腕前はシェフ並だから。僕はイエスと答えたくなる自分を恥じた。
「待ち合わせしてるんだ」
「待ち合わせ? ああ、彼か……なんで分かるかって? いや、分かるよ、勿論。君のあの目、俺だって短くない時間ああいう風に見られてたんだから分からない訳ないさ。ただ、俺に向けるよりもずっと熱烈だけどな、君。彼とは真剣なんだろ」
真剣、真剣。冗談めかした声音はそのままに、どこか真剣な面持ちになったフランクのそばかすを数えるようにして、僕は少しの間流れる空気をぼやかした。クリスとのことを熱く語ったら、すればするほど、彼と僕とが真剣じゃなかったことになるようでためらわれる。緑の瞳から引かれた視線が鳩から離れ、頭の悪い元彼へと繋がって気まずい沈黙を割る。
「あの時は悪かった、子どもの話なんかして」
「いきなり何だよ。別にいいよ、昔の話だし。それに謝るなら僕の方だ、今でも思い出すよ、あの返事はほんとにひどかった」
僕は苦い記憶に後ろ頭を焦がされて、表情は自然と、頭痛で浮かべるものになった。そんな僕の様子に朗らかな声を立てたフランクは、ベンチの背もたれに体重をかけて、天を仰いだ。どことなく疲れの滲んだ仕草だった。
「……こういうところが、俺たちは合わなかったんだろうな」
「うん」僕はわけもなく悲しくなりだした。「そうだね」
「じゃあ、そろそろ行くよ。さよなら、ラフ。会えてよかった」
「さよなら」
それまで壁になっていた彼が立ちあがると、公園を吹き抜けていく風は一層寒く感じられた。大きな背中が遠ざかるのと入れ替わりに、もっと細身で洗練された格好の男がこっちに歩いてくるのが見えた。まだ声を張り上げなきゃならない距離にいるクリスが手を上げて僕に挨拶する。僕は手を振った。どちらに対して振ったのかは自分でも分からない。