また不健康な役作りに励んでいるな、と思った。最近の脚本家は彼をやつれさせるのが好きらしい、そういう話ばかり書く。僕は嫌な気持ちになる、たまにはもっとひょうきんでバカみたいな人間を演じさせたっていいじゃないか。自堕落で、ソーダとチキンだけで生きてるような奴。『チキンはカロリーが低いから身体にいいんだぜ』とかほざいてる上に、ポテトを野菜扱いして無限に食ってる。待てよ、これじゃ結局不健康な役作りに励まなきゃいけないじゃないか。でも贅肉がついてむちむちした彼の姿もそう悪くなさそうだった、こうやって覆いかぶさっていても不安じゃなくなるし。けどやっぱり痩せぎすの君のあばら骨はすごく色っぽい、おまけに手触りも舌触りも歯触りも最高。待てよ、これじゃ僕だって残酷な脚本家連中をとやかく言えない……
「ラフ、首を絞めてくれないか」
「なんだって?」
全く集中していなかったのがばれたわけではなさそうだった。僕は間抜けた表情になるのを自覚しながら身を起こし、もう一度聞いた。なんだって? どうも君は最悪の答えを返してきそうな予感がした。こういう時に限って、僕の予感は嘘みたいによく当たる。
「首を絞めて欲しいんだよ」
かたく閉じていた瞼を薄く開き、君は疲れた目を向けた。それはマラソンの後の爽やかな余韻でなく、インフルエンザかなにかで何日も熱を出した後の、泥水が染み出していくような疲労感を思い出させた。会える機会が減ったからといって、頭からっぽのティーンエージャーみたいにがっついていた自分が恥ずかしい。随分無理をさせているらしかった。僕の困惑を見て取って、あるいは単に休憩が入ったからか、君は浅い呼吸を整えてから、長い溜息をひとつついた。この吐息を瓶詰めにしてeBayで売ったらいくらになるだろう? そんなの僕が買いたい。こうやって失礼な現実逃避を延々と続けているわけにもいかず、僕はちょっとした勇気を振り絞る、できるだけシリアスさを抑えめに、中華かイタリアンか選んでもらう調子でいこう。食べかけのリブを放り出して彼の目の前まで戻っていき、しっかり向き合って、なるたけロマンチックに、そしてなるたけ普段通りの笑みをつくる。君はけだるげに僕の肩を撫でた。よし、オッケー、平常運転でいけそうだ。
「つまり君って変態?」我ながらひどすぎる。「ごめん、でも今までそういう素振りも見せなかったから驚いてるんだよ、単純に、それだけ。仮にそっちの趣味があったとしても今更引いたりしないさ、もう君にメロメロだし……とはいっても、あー、メリンダ──ラバー愛好家の。あのメリンダ・キンキー・ラーソンが言ってたのはさ、やっぱりそっち系のプレイをするならお互いに準備が必要って、そうだろ? 特に加減が分からないと危ないことになるし。君、ビデオかなにか持ってない? 教習本でも構わないけど」
べらべら喋って誤魔化そうとする魂胆は見え透いていたに違いない、君は僕の背中に腕を回し、ほんの少しだけ爪を立てた。もちろん苛立ったりはしていない、非難でもなく、もう少し真面目に考えてくれよ、といった強さ。
「たまには僕のお願いも聞いてくれよ。好きじゃなきゃ頼まない、こんな……」
悩ましい吐息が耳をくすぐる。瓶に詰めてラベルを貼りたい、『ちょっとしたおねがい・その十四』。キンキー・クラークソンに改名すべきか迷っていると、君は背骨をなぞるように手を滑らせて、僕の腰のあたりを撫でた。
「また集中してないな。人が真面目に頼んでいるのに」
「ええと、どのくらいの強さで?」僕は観念した。ナチスゾンビVSレプティリアンでやったな、思い切り首を絞めるシーン。のそのそ起き上がって、それがどんなだったか記憶をたどる。僕の当たり役(B級映画ファンみんなに愛されているトーデンヘーファー大尉)の台詞を心の中で唱えながら、辛抱強く待っているレプタイル・エリートの上にまたがった。ちょっとよろしくない絵面になるのは仕方ないとして、彼の、もっというと恋人でも親友でもある人間の首に手をかけるのはあまりいい気持ちじゃなかった。オーガニックのチーズバーガーをつかむくらいの力(つまりナチュラルでロハスってこと)をかけてやると、君はじれったそうに身じろぎした。
「僕は綿菓子じゃない」不満げに、もしくは砂糖まみれのカップケーキを山ほど食べた後のように、不快げに顔をしかめた。君がカロリーの奴隷に成り下がったことはない。
「もっと息ができなくなるくらいに」
「そんなことしたら死んじゃうだろ!」したくもない想像が脳裏を流れ、ぞっとして手を離す。「悪いけど僕は初心者なんだよ」
「いいだろう、僕がいいって言ってるんだ……そうか、もう少し進めてからにしようか。よく言うじゃないか、そうしたら君だって──」
「わかった」続きを言わせるわけにはいかない。「やるよ。やればいいんだろ。でも僕は服を着るからな」
「いいよ」
勝手にしたらいい、そういう身振りでベッドから追い払われた僕は、パーカーまでしっかり着込んでしまってから、これはまずったな、と後悔した。とてもじゃないがファンのみんなにはお見せ出来ない仕上がりになった。一糸まとわぬ姿のクリストファー・リヨンズの上に乗りかかる、ついさっき窓から侵入してきたばかりのような男が僕。どこからどう見ても性犯罪者だ。最悪。おまけに彼の首に手をかけて、絞め殺そうとしている。罪状に第一級殺人を追加。いよいよという段になって僕の手はじっとりと湿りだし、生唾を飲む音は部屋中にうるさく響いたような気がした。怖気づいた両手を、長い指が催促するように触れる。
それからのことはあまり思い出したくない。やけになった僕の乱暴な両手の下で、君は潰れた喉を鳴らして喘ぎ、一方で、嬉しそうに身悶えした。それから僕の腕を激しく叩き、引っ掻き、掴みかけてから、前触れもなく意識を手放した。初心者? とんでもない。僕は危うく君を比喩でなく本物の天使にしてしまうところだった、苦しむ君に夢中になって。死んだようにぐったりと横たわる裸身を見下ろしていると、本当に彼をレイプしたような気分になった。実際このまま上着も脱がずに、彼を犯してしまいたかった。誰か僕を有罪にしてくれ。