嫌煙家

 僕はつなぎ姿の暇な奴らでごったがえす運動場のベンチでぼんやりしていた。人が多いわりに座っているのは僕だけで、うららかな春の陽光の下、無邪気な子供たちみたいに見える強盗とか詐欺師とか単なる組織的ワル、それから僕みたいな第一級の連中は、バスケットボールに興じたりわけもなく走り回ったりお喋りに花を咲かせたり喧嘩寸前のじゃれあい(看守が飛んでこないギリギリの加減を知ってる)とかの活動を思い思いに楽しんでいる。端のほうで子どもにいたずらしたやつが小突き回されているのを見て、僕は胸がすっとした。ああいうのは一生肩身の狭い思いをして死んだらいい。僕はひざの間に下ろした手を組み合わせ、指先を虫に見立てて遊んだ。何をするでもなしに外に出てくるのは、健康的な閉じこもり生活の合間に少しでも外の世界の清涼な空気が味わいたいからで、じっとしているとじわじわ背中が暖まってきて心地よかった。
「よう大尉、どうした?」
 むやみにでかいだみ声に顔を上げると、かなりステレオタイプ的なマッチョ白人が視界に入る。三人殺して有罪になったけど、本当はもっと殺してる。ほかにもこの世のありとあらゆる悪に手を染めていて、刑務所に山ほど友達がいた。取引してはいたものの麻薬はやってないから面白い。彼は僕よりあとに入ってきたけど、彼が僕を大尉と呼びはじめてから何もかもがよくなったから僕はまったくラッキーだった。この悪趣味な悪人はエリックのファンで、ラファエル.Cのファンでもあった。トーデンヘーファー大尉は彼のお気に入りで、特にヒロインとのお楽しみの寸前でペニスが取れるお約束のシーンで僕がする表情が、まさしく今世紀最高の間抜け面だと初対面から褒め称えてくれた。僕はタトゥーだらけの太い腕を肩に回されながら、こんな塀の中でもファンに会えたことに感激していた。さらに幸運だったのは、このワルが頭もワルで、低俗な映画しか観ていないことだった。こんな場所でクリスの話なんかされたらたまらない。
「よう兄弟。何してんだよ、せっかくの自由時間に」
「お前こそ何してる。バカか鬱病に見える」
「日向ぼっこだよ」僕は顔をしかめてうるさそうにした。「君こそ暇そうだな」
 兄弟は肩をすくめた。「バスケットの人数が足りない」
 彼がそう言った瞬間、向こうのバスケットゴールのあたりから怒号が聞こえた。そっちを見なくても分かる、看守が集まってきて囃し立てる連中をどけ、血の気の多すぎる男たちを引きずっていく。どっちも血だらけで、たぶん歯が折れている。一人は武装強盗、一人は暴行で捕まったやつだけど、どちらも殺しはやってない。僕の傍らで返事を待ってるこの男も、女を殺したことだけはないと前に本人から聞いた。麻薬の事から考えても割とまともな部分があるようだから、多分そうなんだろう。僕がコカイン中毒の元彼女を殺したんだと教えたら、クソ野郎だなと言っていた。多分、そうなんだろう。
「あそこの黒人と煙草を賭けてる。やれよ」
「何で僕?」
「お前を入れると分け前が増える」
 なるほどね。アニメ映画から出てきたような彼のやらしい笑顔を見ていると、僕は何故だか懐かしい気持ちになった。こういう顔を練習してばか笑いしたことがある。クリスの上がった片眉と反対の細めた目、それからその下で引き上げられた口角とが作るコミカルな表情を思い出すと、今度はただただ虚しくなった。
「いいよ、乗った」
 膝を叩いてのっそり立ち上がると、優雅で細身のクリスとは似ても似つかないごつい巨漢が拳を出してくる。それに自分のをぶつけると、耳の裏でゴンと鈍い音が響いた。力の抜けた彼女の身体がベッドから滑り落ち、ボサボサの髪に覆われた頭が床板に当たった時の音に似ていた。