ありふれた幸福

「きみってさ、実はめちゃくちゃ頑固だよな」
 いつものように、彼の声は愉快そうに転がった。お互いやることがあって(それは大体お茶を飲みきってしまうことだったり、ゴシップ欄から自分の名前を拾い出したり、あくびをひとつ済ませたりするようなことだ)しばらく黙っていたあとの一言はいつもそうだ、からかっているような軽い調子で耳に届く。
「どこが頑固なのさ」
「たとえばそれとか」指差した先でサボテンが光を浴びている。「棚に置いといたのに」
「あんな所に置いたら日が当たらないだろ」
「当たるさ」
「当たらない」
 それ見たことか、と言いたげに肩をすくめる彼の姿に、うまく騙されたような気になる。「でも彼女はあそこにいるべきだよ。だって砂漠の生まれだし」
 風が吹く。カーテンが揺れて、彼女の棘に引っかかった。 「だからあっちに置いてたんだよ。まあいいか。窓を閉めれば」
「風が気持ちいいのに」
「この頑固者」
 肩を小突かれる。彼はいたずらっぽく笑って言う、ミュージカルのように朗らかに。
「いいよ、カーテンを取っちまおう。いい天気で空も青いし」
 でたらめな節回しで、歌詞のない歌を口ずさむ君。でたらめな癖に上手いのは褒めずにおく、だって僕はめちゃくちゃ頑固だからね。