「週末は君の家でいいね? 添加物盛りだくさんのジャンクフードをつまみながら、映画を観て……」
「だめだよ、僕んちはだめ」
「別に君の家が汚なかろうが僕はまったく──」
「ああ、違う違う。そういうんじゃなくてさ、エリックが居るから」
彼は食器を片付ける手を止めてこちらを向いた。この話は“ながら”のお喋りじゃ済まなくなったらしい。 「週末は二人で過ごそうとか言い出したのはそっちじゃないか」 「ああ、それも違うんだって。エリックと約束してたんじゃなくていまエリックが住んでるんだよ、うちに」 それまでノーマルな不機嫌さを演技半分に出していたクリスは、ここにきて露骨に不愉快そうな驚きを示した。彼は僕の周囲の人間の中では感情表現の控えめなほうだったけど、今は信じられない、なんでだよ、という気持ちを眉根のあたりで皺にしている。どうして、と彼は独り言の調子で呟き、一拍ののち改めて疑問の形に直して僕へぶつけてきた。
「なんでまた君の家に」
「それはあれだよ、あいつの家でちょっとした事故があってさ。水浸しになって」実際のところそれは事故というより事件寄りだ。エリックの家に忍び込んだ泥棒がよりにもよって火災報知器の真下で一服したものだから、スプリンクラーが暴れ回って大惨事になった。「別にこのさき一生って訳じゃない」
「どうかな。君はそのうち、これから週末は三人で、なんて言い出すかもしれないね」
人が苦虫を噛み潰すシーンっていうのは意外となかなかお目にかかれない代物だけど、僕は今日その完璧な実例を見た。あまり下手なことを口走ると──これは悪癖だ──地雷を踏み抜く気配がある。“それもいいね”をすんでのところで飲み込んで“そんなことないよ”に変える。彼は肩をすくめてかぶりを振ると、それきり何も喋りだしそうになくなった。どうしちゃったんだ、君、大人だろ? 気まずい沈黙が続き、なにやらイヤ~な雰囲気がただよいはじめた頃合いに、僕はふと浮かんだ考えにとりつかれたようになった。まてよ、いやいや、そんなことは……でもそうだったらめちゃくちゃ面白いし、何より……
「なに笑ってるんだ」
「ばれてた? いやさ、君がどうして週末の予定が思い通りにならなかったくらいでそんなにカリカリしてるのかって考えててさ。もしかして君、エリックに嫉妬してる?」
予想ではここで驚いたり赤くなったりみたいなうぶな反応を期待していたけど、彼は一枚上手だった。格好よく腕組みし、平然と言い放つ。
「そうだよ」
「嘘だろ! だってあのエリック・ウォンだぜ!? B級映画のことしか頭にない、全米ナード協会代表みたいな奴なのに」エリックごめん。でも僕は君のことを尊敬すべき世界一素晴らしいオタクだと思っている。死ぬまで君の作品に出続けたい。友情よ永遠なれ。「アハハ……どうかしてる」
「僕はどうもしていない。考えてもみてくれ、君はいつもあのエリックと一緒だし、僕とはしない話も彼とだったらする。彼と仕事するときは毎日だって飲みにいくじゃないか。君は僕が誰かとそんな風にしていても嫉妬しないのか」
「しない」
「どうして」
「だって君が愛してるのは僕だから」
今度は期待通りの反応だ。丸くした目が僕の顔にしこたま視線を注ぎ、やがて観念したように閉じられた。彼は僕の広げた腕の中に入ってきて、心を開いたシェルター犬よろしく頭をあずけてため息をついた。
「そういうのはずるい」
「そう?」
「最悪だ」
「嫉妬してる君ってかわいい」
「最悪だ……」
まあ最悪なんだろうな。今だってどちらかというと彼に申し訳ないよりエリックありがとうという気でいるし。でも親友には早いとこ出ていってもらわなきゃならない。ごめんよ、僕のクリスは結構やきもち焼きなんだ。僕はかわいいクリスを抱き締めた。切り替えの早い彼はまた週末の話をはじめた。少し遠出していいものを飲まないか。そうだ、ディナーを予約しようか。君が普段行かないような、ドレスコードの厳しい、堅苦しい店で………