家族のように

 去年のクリスマス、僕は家で過ごした。二人の親と六人の兄弟、甥っ子姪っ子が五人、それからおじさん夫婦といとこのブレア、ブレアの二人の息子。犬が二匹に猫一匹、愛馬のニッキーは馬屋に居たけど、一応敷地内にはいた。いつもより余計に角砂糖をやったらえらく喜んでたっけ。みんなして家中を飾りつけ(リビングをクリスマス列車が走った)、テキサスいち豪勢なツリーの下で、ラファエルおじさんは子供たちみんなのためにあれこれ冗談を言ったりゲームに負けてやったりした。とにかく山盛りのローストビーフとミシガン湖くらいありそうなマッシュポテトのボウル、タコスとファヒータ、あとは姉貴の旦那が作ったジンジャーブレッドマンの一個大隊、みんなが持ち寄ったから無限にありそうなキャンデー……みんなで好きなだけ飲み食いして、おしゃべりし、ソファに寝そべっていつまでもだらだらした。あの時上の妹がくれたのはクリストファー・リヨンズのオートグラフだった。もちろんずっと宝物にしてあるしこれからもそうだけど、今は毎日だって貰える。それどころか彼自身が僕のものになった。お互いにそうだ。
 だから彼が電話口で「僕のことはいいから里帰りを楽しめよ、こっちも予定はいれてある」なんて言い出したとき、驚きのあまり耳がもげてしまうかと思った。しかもその予定というのがあの鼻持ちならないろくでなしのクソ野郎──彼はそこそこ親しいけど、あいつは僕を小馬鹿にしているから好きになれない──パーティだっていうから尚更だ。あからさまに不機嫌になった僕はそのまま電話を切ってまっすぐ家に帰った。彼の家にだ。わざわざ呼び鈴を押してやると、明らかにくつろいでいたらしい様子の家主が怪訝な顔で出迎えた。タートルネックがよく似合う……じゃない、僕は彼を押しのけるようにしてずかずか上がり込んだ。昨日も来たけど綺麗な部屋だ。家具はスウェーデンっぽい洗練されたシンプルさだし、色味は落ち着いたトーンに統一されていてセットみたいだ。離婚歴のある時計のデザイナーで、実はゲイなんだ。そんで悪い男と知り合ってヘロインを売ってるんだけど、それまで内心馬鹿にしてたヒッピーくずれのホームレスを家に……なんの話だ?
「なんであいつのパーティになんか行くんだよ」
「なにカリカリしてるんだ」彼は形のいい眉を寄せて、僕から数歩のところで腕組みした。「どうかしてるぞ。僕にだって祝日を楽しむ権利くらいある」
「僕がいるだろ!」
「いないだろ。君、クリスマスは家族と過ごすんじゃなかったっけ? 気を使わずに済むようにしてやったまでだ。言ったじゃないか、里帰りを……」
 僕はお手上げのジェスチャーをした。こいつめ、どういうつもりなんだ? 僕のあからさまな怒りが伝わったのか、向こうまでいらつき出したのが分かる。いやな空気が流れている。これじゃ埒が明かないが、最悪のテンションのまませっかくのクリスマスを、それも彼とのはじめてのクリスマスをこんな風に迎えるのはごめんだった。僕は前にひと悶着あったときのカウンセラーのアドバイス(「正直になりなさい、そしてそれを伝えるの」)今の気持ちをそのまま口にした。
「君なしで楽しめない」
「なんだって?」
「確かに毎年実家で楽しくやってる。ものすごいツリーはあるし、家が電飾まみれになってるのを見ないと年が越せないくらいだし、甥っ子姪っ子に贈り物をしてやるのなんてめちゃくちゃ愉快だぞ。でも、君と一緒でないと嫌なんだ。もちろん君が実家で、家族だけで過ごすって言うんなら諦めたさ。けどちゃらちゃらしたパーティだろ。いや、ちゃらちゃらしてるとかはしてないとかは関係ない。もし君に家族水いらず以外の選択肢があるなら、僕は君と居たいんだよ。場所はどこだって構わない、あいつのくそむかつくHowdy! を我慢してやってもいいし、この部屋でも、テキサスでも、イギリスでも……フィンランドに飛んだっていい」
 彼はしばらくの間あっけにとられてぽかんとしている様子だった。それが場所のくだりに入る頃にはすっかり訳知り顔に変わっていって、僕のほうはというと、はじめの威勢をすっかり失ってしまって、へどもどした感じになった。自分でもかなり恥ずかしいことをまくし立てているのが分かったからだ。
「つまり君は」首をかしげるのに合わせて前髪がほんの少し動く。彼が黒髪じゃなかったらここまで好きになっていないかもしれない。「いいや、もういい。ラフ、とりあえず君にキスさせてくれ」
 なんでそうなるんだよ、と返す間もなく彼は唇を押し当ててきた。もちろん僕の唇に。家に押し入ったりするくらいめちゃくちゃに苛立っていたわりに、恋人からのキスには反射的に幸せいっぱい胸いっぱいなのがラファエル・クラークソンって人間の悲しいところだ。いたずらっぽく光る瞳はどうしようもなく綺麗だった。
「いいよ。一緒に過ごそう。僕の両親はカードで満足してくれるから平気だ。そうだな……君と二人きりがいい。正直言ってまだ君の家族全員と会う心の準備ができていないんだよ。分かってくれ」
「当然。十八人と三匹と三千頭のクラークソン軍団に一人で立ち向かうのはきつい」
 そんなに? と彼は驚きと呆れと愉快さの混じった笑みを浮かべ、僕の胸を指先でそっと撫でた。アニマルプラネット・ヒト編。このしぐさは相手への親愛を表します。
「とにかく、そのへんにスノードームでも置いてさ、プディングを蒸して、パイを焼いて、君の下手くそなキャロルを聴くのもいい。それと映画も。何がいい? 僕の出演作以外で」
「『天使にラブソングを』は?」
「1? 2?」
「どっちも」
「そうしよう」
 とまあそういうことになった。こういうところがクリスとラフのいいところだ、話が早くてさっぱりしてる。僕はオーブンの掃除を手伝いにかかりながら、そういえば、とあることを考えた。クリスはよく僕の歌を馬鹿にするけど、彼にはちっともむかついたことがない。ほかのやつだと毎回言われたらさすがに癪に障るけど、彼とはもはや毎度おなじみになっている。でも答えはすぐに出た、というかはじめから知っていた。ナイロンたわしを手にアンニュイなため息をついて考えるまでもない。鼻歌でマライア・キャリーになりきると、思った通り彼は笑った。うーん、心の底から楽しそう。彼に歌の下手さをけなされても構わないのは、彼が僕の歌の下手さを愛してくれているからだ。僕の家族みんなのように。