その女は自分ひとり用の小屋を持っていなかったから、ぼくらはがやがやした共用のテントの端にうずくまり、気まぐれな春先の冷雨にこごえる野良犬か、あるいは秘密の話をする双子の兄弟よろしく、おたがいに身を寄せあっていた。ぼくの後ろではショーを終えたばかりの骸骨男が寝こけていて、規則正しく吹き鳴らされるいびきのらっぱが、静けさに波をたてるひそひそ話の罪悪感を、小気味良くかき消してくれていた。ぼくは自分のひざのように親しく、またしち面倒くさい挨拶や礼儀もなしに、話し相手のひざ小僧を撫でた。蝋細工だ、この眠りのためにあつらえられた弱い明かりの下で、彼女の体はひざといわず指といわず、生地のたっぷりした薄むらさきのドレスの隙間から見える部分はすべて、注ぐわずかな光を、ただなめらかに透かしていた。インクを塗りつけた爪の先が親指から順番にぼくの肩を叩き、最後につめたい手のひらが、関節の丸みをやさしく包み込んだ。
「きみ、お日さまの香りがする。いいなあ、きみの髪はお日さまにたっぷりと当たって色づいていく。とっても健やかにね」
彼女は夕日をまぶしがるような顔で笑い、肩を撫でるのとは別の手でぼくの髪を一ふさもてあそんだ。ぼくはありきたりの返事をした、そうでもないよ、むしろこの実は日照りのせいでどんどん悪くなっていくようだからね。
「そんなことはない、わたしを見て。だれもわたしに色を塗らなかった。お日さまはわたしの肌を爛れさせるだけ。わたしは魔女かしら」
それは違う、と差し出した言葉は涙をぬぐいそこね、それと一緒に薄い皮膚の上をすべった。軌跡は流れる血潮の色をより一層鮮やかにみせ、ぼくのなぐさめの正しさを保証する。きみの色はくすんで見苦しいぼくのより余程上等だ、遠く東の地で皇帝に愛された辰砂の赤。
「おしゃべり鳥は適当なことばかり言う。わたしはあのうつくしい日を見ることすらかなわない、この目は血を流す、あの天の火は呪われた生き物の眼玉を焼く」
呪われてなどいない、呪われてなど。真に呪わしい交配の生したおしゃべり鳥は、さえずりながら我が身を弁護する、この世に呪われて生まれてきたものがあってはぼくの立つ瀬がないのだよ、どうか嘆かずにいておくれ。きみは夜にこそ美しい、きみの美しさは闇でこそ栄える、ほのかにかがやく素肌に纏うのは、神のみ使いにだけ許された清い純白、きみの睫毛だってそうだ。
「どうか憐れみをかけないで、きみがずっとわたしと一緒に来てくれたらいいと、そんな風に願ってしまう……今夜話したことは明日には忘れよう。きみはじきに巣へ舞い戻り、巡業は続くのだから」
彼女はぼくをゆっくりと抱きしめた。呼気は細かく震え、ぼくの胸を湿らした。口上に継いで予言を口ずさむニンフは、ぼくを抱いたまま眠ってしまった。ぼくはずっと起きていて、仕事終わりに一杯引っ掛けてきた様子の蛇女を加えた三人の、健やかな寝息を聞いていた。静かな夜だった、やがて暁がすべての罪深い都市を焼き払ってしまうまで、るい痩男のいびきは続いていた。
わたしは忘れなかった。彼女を縛りつけ、火をかけようとする誰もがわたしの敵になった。それというのも、これは実にわたし自身の戦いで、見せしめに縊り殺されないためにはある程度能動的に敵を見つけ出し、先手を打っておかねばならなかったからだ。