家族の話

 「兄上」
「久しぶりにおまえの声を聞いた」
 兄の歯は記憶にあるままの鋭さで整列している。一声かければ銃剣の切っ先でどんな無垢な生き物でも刺し貫いてしまえる、忠実な兵隊の群れ。
「ふざけるな、今日はわたしの娘の誕生祝いだ。兄上のような腐りきったけだものを呼んではいない。今すぐ出ていけ」
「何が気にくわない?」
「何が。それが聞きたいならこの場で教えてやる。兄上が屋敷に人を呼んで何をしているか知っている。穢らわしい、よくもまともな人間の集まりに顔を出せたものだな。生け贄を食っているとか、魔術に傾倒しているとかいった噂話はここにまで影を落とすのだ。兄上………貴様が本当に血なまぐさい呪われた儀式に手を染めていないのが不思議でならない。“まだ”とつけるべきだったか? 少しの益ももたらさず害ばかり為している癖に、この家にとりついて血を啜るのはやめろ。父上はおまえの姿に怯えている。わたしの妻や、子供たちもだ! 人食いと言葉を交わせば獣面の子が産まれる、これはふざけた迷信でしかないが、人を脅かすには十分だ。半分でも血が繋がってさえいれば、けだものにも人間らしく落ち着ける居場所があるとでも思ったか? いいか、その顔を二度と見せるな」
「ご挨拶だな。だが失礼した、提案通り帰ることにするよ。わたしはこれから肉を食わないといけないからね」
 わたしのそれですら尖っている犬歯は、兄の口ではよりいっそう化物に歩み寄って長く、悪ふざけとしてもぞっとしない眺めだった。わたしが怒りに胸を悪くして黙っていると、彼は踵を返して歩きだした、器用に人を避け、足どり軽く。その背中が完全に見えなくなるまで、わたしの身体は石に変わってしまっていた。