富める人

 あれほど頼んだのに、彼は書庫から出てきてわたしの顔に不愉快な色を認め、こう詰め寄った。なぜ、あの男に好き放題させているんだ。骨を蝕む苦悩が苦ければ苦いほど、きみの肌は美しく透き通る。象牙細工の淡い乳白……東洋の趣はきみも気に入るだろう、彼らは永遠と親しく語らい杯を交わす。
「あまり煽ってくれるな。それこそわたしの身がもたない」
 笑むにつけ頬が痛む。彼の与える傷は治りが悪い、数が増えればそれだけ後を引く。血の出ぬ傷ならましな方で、脇腹では気違いになった獣の唾液が咬み痕を腐食していた。これを目にするきみの姿というのは、あまり良い景色ではなさそうだった。
「そう渋い顔を続けているときみの顔も祖父のようになってしまう。彼の岩肌は時がならしたが、きみはまだ若い」
 わたしが触れると彼の眉間に刻まれた皺は溶けて消え去った、そうとも、きみはまだ若く張りがある。「何が気に入らない? わたしの傷は適度に放っておきさえすればいつか癒えるが、あの男の爪は大抵の人間にとって鋭すぎ、じゃれつくだけで相手を殺してしまう。細君にすら孤独を切り分けてはやれない、同胞だけが彼の蹠球の下、呼吸を止めずにいられるのだ。哀れな男さ、本当は四肢すべて完全な女が好みだが、悍ましい自己を偽らず遊べる相手をわたし以外に知らない」
「きみは彼を……」わたしの小鳥はかぶと虫でも飲み込んでしまったようだった。「愛しているのか」
 鳥籠の傍らに座していたわたしは途端に格子の内に籠められて、囀りかたを忘れた。どれほどきみを愛していることか! これだけは、こればかりはおいそれと他人にやる訳にはいかない。がらくたばかりのわたしの持ち物で、たった一つ価値あるもの……
「アーサー、そうであるならわたしはもう咎めない。ただ」きみは冷たい指先に、わたしの傷の熱を逃がす。「ものには限度がある」
 厳しい面差しを和らげる微笑は幼子の悪ふざけをたしなめる母のそれ、慈悲深く寛容で、嘘と欺瞞を許さない。ロス、わたしは、きみの前では偽らずにいられる。それがどれほど心安いことか、きみには分からないだろう。わたしは黙ったままでいた。喜捨は善なりという、わたしの友の一人がたいらげた贈り物の鼠のように、このささやかな親切をあの男にやってはいけないか。