ばか犬

 「そんで奴さん、まだ小さいユーレチカの手をぴしゃりとやってこう言ったんだ、『ごくつぶしの虱めが!』金切り声さ……何にも口出しせずにいた僕にまで悪態をつきやがるのさ、覗き屋とかなんとかね。まあいい口実ができたから一つ食らわせてやったよ。何をって? よしてくれよ、綺麗どころ相手ならまだしも、僕相手に猫を被ってもいい事ないぜ……まてよ、失敬、君は被るまでもなく猫だったな! よし詳しく話してあげる、僕が五本の指をこう、握りこむだろう。でもって、ほどほどの力でもって鼻っ柱に当ててやるのさ。ちょうど今の君みたいな顔になってたよ。手加減してやったとも、子供をいじめる男と違って自分の大きさくらいちゃんとわきまえているんだからね。僕は常々思ってるんだが、自分より小さいものを、遠慮なしに押さえつけたり殴ったりしているやつらは、いざ自分がそうされるときが来ようとは、酔いどれの夢にも思わんらしいね! 普通に殴られていくやつらと比べると、殊更に面食らうんだ。僕は人より大きいから、わからせてやる機会も自然多くなる……何でも腕っぷしで解決しようとはしていないよ、何だってそんな非難がましく見てくれるかね?」
 Zは話がKの振るった暴力に及びはじめてからずっと、腹の底に癪の虫でも飼っているような、なんとなく具合の悪い顔でいた。彼は友人が拳骨に物を言わすしか手札を持たない程度の低い輩と同列に見なしたくはなかったのである。だからあくまで子供の仇と正義の後ろ楯を匂わせておいたこの話も、耳に障って仕方なく、すんでのところで嫌味のひとつも転げ出そうな位であった。やっとのことで刺々しい語句を飲み込むと、声を低めてこう告げた。
「もう帰ってくれないか。そろそろいい時間だろう」
「ああ、これはいけない……うっかりしていたよ」
 Kは時計を眺めやり、にこりとしてはみたものの、見送りもなく外に出て、昨日から降りどおしの雪をいくらか肩に積もらせる頃には、悪戯を叱りつけられた犬のように、すっかりしょげかえってしまっていた。だが悲しいかな、自分の語りのなにが相手を苛立たせたかは、まったく思いも及ばなかった。しょげかえりはするものの、何が主人を怒らせたかは分かっていない犬のように。