やがて発つ君よ

 彼らが情を交わすようになるまで決して長くはかからなかった。というのも、Kは求められない限りは消極的であるにしろ、もとからそうした類いの遊びに慣れ親しんだ男であったし、ZはZで普段の禁欲的な態度を放り出し、未だ何処から生じたやも分からぬ相手の(あるいは自分の)愛情の出どころを、探ってみようという気があったからである。かくして両者の漠然とした好奇心は、社会規範やある種の差別的な道徳といった心理的障壁をさっさと片付けてしまって、後にはいたわりや優しさ、人肌恋しさなどに包まれた単純な触れ合いが残った。Zにとってこの性的欲求は、身体接触によって異質な他者を取り込み、おのが血肉として同化せんとする、いわば生的欲求とかたく結び合わされているために、彼は行為のはじまりか、でなければ終わりごろに、相手の骨へ歯を立てようとすることがしばしばあった。そしてこうした戯れのなかで彼は幾度となく、遠い昔この孤児を抱擁した死神の残り香に気づくのだった。  土曜の晩、Kは突然に教師を訪ね、アポイントメントに関する直截な注意と文法に関する質問の答えとを得た。それから温め直した茶を味わい、帰りがけに余計な事をし、この部屋で零時を迎えることになった。彼は軽い挨拶を期待する友人を勢いこんで抱きすくめ、ある程度の礼儀をわきまえた接吻ではなく、情熱的な口づけをひとつ与えたのだった。ほんのいたずら心からなされたことではあったものの、直後向けられた微熱を孕んだZのまなざしは彼の心に抗いがたい情欲の波を立て、その先は例の如くとなった。彼らは結局、一人用の広くもない寝具の上に同衾し、薄い毛布のほかには境界のない温もりのみを纏うに至った。

 Zはついさっき互いを満たしあった男の肩に頭をあずけたまま、相手の不健康な骨の凹凸を手探りにした。仰向けになると胸のそうした陰影はいっそう濃くなり、病んだ印象を強くした。彼は爪の間にわずかな他人の血を滲ませた指先を使い、惨めな彫刻をそっとなぞった。そしてまったく出し抜けに、静かな声でこう呟いた。
「何も着ていない君はいとおしい」
 まどろみかけていたKは眠気を脇に押しやると、薄目を開いて視線だけを相手に向けた。Zの表情は声色と同じく中立で、この一言がいかなる道理で発されたものか判然としなかった。そこで彼は素直に、短い疑問符を投げることにした。
「どうして」
「誰にも守られていない気がするから」
 Zの指がまたKの胸骨の上を滑った。Kはこの一言の意図をはかりかね、裸身を晒す居心地の悪さばかりを感じた。本当ならいますぐにでも襯衣を来て部屋を出ていきたいところだったが、そうする代わりにZの癖毛を、手のひら全部で軽く撫でた。