新任の免罪官がやりがちなことだが、あまり気負って市民の罪と向き合おうとすると大した意味もなく消耗してしまう(向き合ったところで解決することはできないからだ)。同僚の中には軽い読書をしてみたり、想像上の鍵盤を叩いてみたり、蚤を調教してみようとするものすらあったが、Zの遊びはこの努めて単純に──つまらなく──造られている懺悔室の景色から、前任者の痕跡を探し出すことだった。紙を透かして染みぬけたインク、椅子の背の無理矢理引きむしったささくれ、暇に任せた靴の底が幾度となく擦った間仕切りの板……この日、痕跡のリストにはほとんど十字になった下手くそな「K」の引っ掻き傷が加わっていた。彼は千鳥足に走る溝を指先に感じながら、次の市民が扉を開ける音を聞いた。ノックはない、あまり後ろめたいことのない者、荒いながらも静かな足どり、少々気弱な酔漢、などと大まかなあたりのつけられた客は、予想に反して椅子には座らず、真っ直ぐに衝立の間近までやってくると、隙間から乱暴な手つきで何かを捩じ込んできた。Zは面食らい、ぼろきれに包まれたそれが爆弾でないらしいのを見てとって安堵した。手のひらより少し大きい程度で、厚い板かなにかのようだった。不躾な送り主は免罪官の反応を待って、それがなかなか返されないのを知ると、業を煮やした様子で自分から話し出す様子だった。だが、うなり声と咳払いが続くばかりで一向に台詞が始まらなかった。Zは俄に悟った。声の主はやや情緒に安定を欠くアレハンドロ・Kであり、彼は疑いようもなく号泣したばかりのようなのである。
「お赦し屋さんよ」彼はようやく喋りだした。「アンヘルの頼みだから、あんたにこいつを渡しに来た……俺に懺悔することなんてなに一つないよ! ずいぶん冷たいもんだ、あんなに自分に
言うだけ言ってしまうと、アレハンドロ・Kの怒りとやりきれなさに満ちた足音は、親友を弔いに出ていってしまった。Zは嵐のごとく降り注いだ他者の感情にずぶ濡れになり、湿っぽくなった空気を二度ほど呼吸してから、ようやく包みに手を伸ばした。中身は本で、彼がこの間Kに課題として渡してやったものだった。
アンヘル・Kがこの世にいないことについて、Zには衝撃も動揺もなかった。それでいて、非難とともに形見分けされた、やや砂っぽくなった本の表紙を眺めていると、奇妙な浮遊感とでもいうべきものが、にわかに彼の革靴の中の両足をくるむのだった。もう全体をすっかり覆ってしまいかけていたそうした感覚も、これまでに罪を聞き届けてきた役人の誰かがつけた壁の汚れをつつくやいなや、爪先から逃げていって何もかも普段通りになった。
業務を終えて帰宅すると、自分の家は慣れ親しんだ日常の匂いで出迎えた。意識して確かめようとする間もなく鼻に馴染んでしまうためそれがなんの匂いであるかは定かでないが、やはり自分の住まいと職場とは、構成要素に占める自分という人間の割合が異なっているのだと結論づけていた(それゆえ彼は、職場で寝起きしていればむしろそちらが家になるだろう、とは思っていた)。居間まで行くとこの家という感じはますます強くなり、住人の気を落ち着けた。だが電灯の下の安穏とした陰影の裏に、得体の知れない何者かが息を潜めている気配があった。Zはあたりを見回した。部屋はよく片付いていて何もなかった。椅子を引いて鞄を置き、一息つこうとキッチンへ舵をとった。日が落ちて外気は冷え込み、温かい飲み物が恋しくなっていた。
彼は支度を始めてすぐに、嫌なことに気がついた。いま用意するのはひとり分のお茶で、数日前より使う量は少ないのに、袋はひとりで使いきるより一回り大きいものだった。これからはもうこんなに茶葉を買い込まずともよくなったのだ。戸棚には軽薄なパッケージのチョコチップクッキーが入っていて、これはZには甘過ぎた。そして彼は最後に、明後日は本屋に行くと決めていたのを思い出した。少し滑稽な話を選んでやるつもりだったが、もう読み手になる人間が居なかった。持ち上げられなくなったケトルの脇に、深い溜息が落ちた。週末の予定はなくなった。