Kは寄せてくる波に爪先を浸し、足裏に息を吹き掛けられた赤子のように目をしばたたかせた。内陸のごく限られた区域で生まれ育ったKにとって天然の水場といえば、淀んだ川と後に見つけた廃屋の泉くらいのものであり、見はるかす視界の全範囲に絶えず寄せ返す波は現実感の薄い不思議な光景に他ならなかった。彼はしばらくの間一体この波というものが何処から生じ、いかなる力を得て浜まで旅するかを思案して、思わせ振りな哀愁を眉の下に惑わせたが、結局は徒労に終えて背後に立つ男──この男は官吏で、管轄する地区の名をとりZと呼ばれている──を振り返った。Kが先ほどの命題について尋ねると、彼からやや離れた位置で波を避けていたZは、地球が回るからだ、と答えた。Kの頭では大地が完全な平面ではないことすら俄に信じがたいことであったが、再び目を向けた海原の果て、水平線を曲にする錯覚は幼い理解を嘘で優しく補強した。またKは「海」のつづりを尋ね、教師は余計な前置きもなく答えた。実のところKはこの初歩的な単語がどの記号により表されるかを知っていたが、ただZの豊かに響く、美しく明瞭な発音を聞きたいがために、このような質問をしたのだった。Zもそれを了解していた、彼は生徒の力をきちんと把握するほうの導き手であったし、自分なりに言葉と親しもうとするKの姿勢を好ましく思っているのだった。二人は波を眺めるのに飽きてしまうと、連れ立って浜を歩いた。一方は跣のままで、時折膝まで海水に洗われた。他方は使い古しの革靴で、一歩ごとに履き口や縫い目から砂が入りこんだ。Kは散歩の間、枯れかけの緑を透かした淡い褐色の瞳をあちこちに向けては物珍しそうな顔をした。ごみごみした下層市民の生活では自分の手の届くより先を意識することは稀であって、あらゆる悪徳や堕落した魂の吹き溜まる街角では、時にそれが身を守るのだった。魚が波間を跳び跳ねるのを目にした際には、まるでそれが自分の手柄であるかのように誇らしげな様子でZに知らせた。Zはこのまさしく子供じみたのっぽの男、痩せて骨っぽく、目元には不健康な色を滲ませた労働者を、どこか懐かしい気持ちで眺めていた。というのも新鮮な好奇心に裏打ちされたこうした行いや態度は、彼が幼い時分に訪れた海で父親にしたのとそっくり同じものだったからである。