眠り姫

 このところKはずっと具合が悪かった。日銭のために毎日なんとか工場まで足を運んではいたものの、その後はよろめきながらねぐらへ帰りつくのがやっとで、わざわざ寄り道する余力はなく、そうなると授業どころではなかった。ぼろ外套を身体に巻き付けたまま、靴も脱がずに寝台へ身を折り縮めて横たえている様子は、いかにも惨めったらしく哀れに見えた。眠りに落ちる前にほんの少しだけ、待ちぼうけにしてしばらくになる教師のことを考えなくもなかった。が、思い煩ったからといってどうにかなるでもなし、意識を手放してしまえば気絶に等しい眠りにあっけなく塗りつぶされてしまうのだった。そんなわけで、Zはこれまで足を踏み入れたこともない貸部屋の、扉の前に立つことになった。ノックをしても返事はなく、鍵はかかっていなかった。Kはむさ苦しい住まいを見られるのをことさらに嫌がったから、このお人好しの免罪官を友人と認めるに至ってからも、決して自宅に招くようなことはしなかった。Zは一瞬ためらいはしたものの、すぐにそのためらいを埃まみれの廊下の隅に捨ててしまった。耳障りな音を出す蝶番をどうにかなだめるようにして扉を開きながら、自分の心臓が嫌な跳ね方をしているのに気づいた──最後に油を差したのはいつなんだろうか。おそらくKは住環境の質の低さに頓着しない男だろうから、家主が放ったらかしにしているのなら、この世の終わりまでこのままにされているに違いない。
 病んだ男は狭い寝台の上で、身じろぎもせず寝ていた。眠っているのか死んでいるのかも分からないような眠り方だった。覗き込めば顔色も悪かった。すっかり血の気が失せてしまって、やはり生きているのか死んでいるのか分からないような色合いだった。だがそのお陰か、彫像のようでもあった。いつでもその面を飾っている笑みの無邪気さが拭い去られたあとの男の顔立ちは、年相応に険しかった。Zは枕元に跪くと、Kの痩せた頬に指を触れた。彼は起きなかった。瞼が震えることすらなかったが、呼吸はしていた。わずかに開いた唇の間から、空気が出入りしているらしかった。少し前はこの唇が生き生きと動き、教えたばかりの詩の一節であるとか、仲間うちで流行っているとかいう遊び歌なんかを口ずさんでいたというのに。思いがけず深みのある、豊かな声だった。電球の明かりの下で、様々な物語が踊ったが、どの物語も彼の役に立たなかった。一体どうやって読み書きが死神を退けられるものだろう? 子供の時分ならいざ知らず、劣悪な環境で大人になるまで育ってしまった男を、最低限の教育が、一体どうやって救えるだろう?
 どれほど撫でてやっても、Kは目を覚ます気配もなく眠り続けていた、期待に反して。居眠りをたしなめた時のように目をこすりながら起き出して、どうして断りもなく入ってきたのかと非難してくれやしないかと思いながら、Zは相手の髪の間に指を差し入れて、温もりを感じようとした。ぞっとするほど冷え切っていたが、一欠片ほど温かかった。暖炉の熾の間にくすぶっている残り火のようだった。

 K、行かないでくれ。俺を置いていくな、俺を置いてどこにも行かないでくれ……とZはみっともなく喚き散らしたくなったが、彼にはそうしないだけの分別があった。そうすれば確実に相手が目を覚ますと知っていながら、胸をつく衝動が喉元で音を成すことはなかった。結局、来た時と何も変わらず、何も変えられないまま彼は部屋を後にした。扉が閉まる直前に、重たい寝返りの音が聞こえてきた。