無駄撃ち

 水が飲みたい、とKは呻き半分に、喉の奥から掠れた声を絞り出した。水が飲みたかったのは真実で、明かり取りの窓は折しも正円に満ちた月の光を、三対四の四角に断ってこの埃っぽく、ごみごみして湿気の散らない屋根裏部屋の暗がりへと導いていた。Kは横向きの姿勢から苦労して仰向けに体を開き、荒い呼吸を二三繰り返したあと、やっとのことで寝返りを打った。それまでの視界はむき出しの壁板で、こんな熱っぽく息苦しい夜にはどうにもふざいでいて、愉快ならざる景色だった。新しい視野はいくらか明るく、風通しも申し分なかったが、そのぶん丸椅子の上の空白を嫌になるほどくっきりと描き出した。Kはたまらなく寂しくなった。そうして、咳だか呼気だかはっきりしない音を吐き出したあと、かさかさに乾いてひび割れた唇を動かし、知っている人名を片っ端から呟きはじめた。イヴァン、アレクセイ、ニコライ、ミハイル、アルチョム、ウラディーミル、セルゲイ、ダニーラ、ヴァシーリィ……どれかが彼の名前に当たるかもしれなかった。本当に来てほしくはなかったが、居てほしくはあった。合間の息継ぎに味わう空気はやたらと薄く、かびくさいような気がしていた。しかし不満に思ったところで窓は遠すぎ、こんな時に限ってしっかり閉めてしまったカーテンは、嘲笑うような土気色をしてぴくりとも動かない。Kはほんの数分で手持ちの名前を使い尽くしてしまった。だもので、ついに観念し、教師を務める律儀な官吏の、広く知れわたる通称を口ずさんだ。音の割に甘い響きを伴ったそれが、やつれかけの身に染み込んで良からぬ震えをひとつもたらした。かと思えば湿気の多い咳が飛び出し、ほのかな情緒を醸す一言の余韻を台無しにしてしまう。このまま病みついて授業に行けなくなったら、あの家の黒板はどうなるだろう。Kはまた寝返りを打とうとして、力をかけもしないうちから諦めてしまった。