きみの現よ安らかなれ

 Kはその授業の前の晩に浴びるほど酒を飲んだ上、東の空がほの明るく色づくまでまんじりともせず過ごした結果、どうにも意識を保てずにいた。よりにもよってZが出した課題はひどく単調で恐ろしく退屈な評論で、Kには少し難しすぎた。彼はキリル文字が視線でなぞるそばから浮き上がり、あの馬鹿馬鹿しい冗談のようにラテン文字とまぜこぜにして自分の頭をとりまき踊るのを見た。Zはせっせと舟を漕ぐKの虚しい奮闘を横目に、ワタリガラスの神話の載った子供向けの本を読んでいた。彼は今日の評論が生徒にとって難しすぎることを承知しているのだった。両者が頁を繰る書物は本来は逆の筈で、Kの瞼に滲む眠気を見てとった教師は、わざと彼に眠り薬を嗅がせようとしたのである。Kは予想より粘りすぎていた。
「先生」とKはついに片手を上げた。発音は間延びしてほとんど『せんせぇ』という具合であった。「だめだ、とてもだめだよ。こいつは僕には難しすぎる。頭が……なんだっけ、もうもうヽヽヽヽとするよ……」
「朦朧、だ」
「そう……」
 寝不足の生徒はついにヒュプノスの誘いに陥落し、ノートの開いたページに頬をつけて目を閉じてしまった。彼が眠りの国へ導かれていくのがあまりに速やかだったため、Zは微かとは言いがたいあからさまな笑みを浮かべ、喉の奥から朗らかな声を小さく漏らしさえした。それからふと思い立ったように覗き込んだKの寝顔が、予期していたような無垢で幼いものではなく、むしろ普段より十も二十も老けて見えるのに、正直な驚きを示した──決して陰鬱さを伴わなかったが、さりとて笑みを残しておける程楽天的なものでもなかったため、Zの胸中はすっかり空っぽになった。薄情者と揶揄されることもある官吏の男は、追い出されてきた感情の波を逃がすように息をつき、眠る工員の、この一か月というもの櫛を入れたこともなさそうな乱れ放題の髪を除けた。額のほうは皴がなく年相応に若やいでいて、血液でなく骨の色を透かしでもしている具合に青白かった。Zはおもむろに屈みこみ、指先でいたわった相手の肌へと顔を寄せた。夢の表層のまどろみにいたKには、額に受けたものがまだはっきりと分かった。そしてそれはとても懐かしいようで、ひどく馴染みのない感触である気がした。彼は起床の後にこれを思い出し、Zが幼子を慈しむ父親のようにその唇をもって自分を祝福したのだ、という都合のいい解釈をひそかに抱き、己を俯瞰して冷笑せずにはいられなかった。だがKのやや自虐的な物思いとは裏腹に、それは実際に起きたことなのだった。