思えば、あれがいけなかったような気がいたします。ペンよりも重いものを持ったことがない、などというひょうきんな形容の文句がありますが、私はまさにそれ、生まれてこのかた、苦労のひとつも知らず、ぬくぬくと角のない白い部屋──ちょうど、杏仁豆腐をおさじですくったように、部屋という空間に存在しうる角という角、直角という直角が排除され、なにもかもフチのところが丸まっておりました──外の人と話せば三人に一人は独房だと顔をしかめるあの部屋で、流れていく日々を只ぼんやり過ごしておりました。世間知らずの私ですから、散歩に出かけると、どこへ行っても勝手がわからず、(三文字文の空白)時には進退窮まって、家の人間にも随分と迷惑をかけました。さて、前置きが長うなりましたね。今の時点から過去を撫で回した時に、いけなかったと思い当たる節、はじめに申し上げた「あれ」といいますのは、何でもない九月のある日、裏庭で起きた出来事であります。
その日は丁度退屈しておりましたので、皆が(二文字分の空白)寝静まる頃合いになってから、私は部屋を抜け出しました。お月様が昇る頃合いからは外に出ていると咎められますから、無論外出は窓からでした。(一行の空白)ゆっくりと裸足で踏む草の、鋭利な抵抗をわずかに伴った柔らかさと土の湿りけ、獣の背中を歩いているようでした。私は自分の息の音を、他人の息のようにうるさく耳に覚えながら、じっとその息を殺して、待っておりました。九月ですから夜にもなれば多少の冷え込みはありまして、夜着の下は素肌でしたので、風が(五文字分の空白)ほのかに鳥肌を立てたり、(以下、空白)(空白)(空白)