「死骸は喋らない、というのはまったくもって間違いですよ。どこかの段階ではまだ脳細胞が生きているのだから、それをきちんと、正しく掬ってやれれば彼らは饒舌に語りだすのだからね……」
などと、死霊術師は私の妻の遺体をまさぐり、一世紀前なら冒涜以外の何物でもなかった処置に没頭した。私はというと、備品の大半を占めるステンレス材の光沢と反射を追いながら、胸にわだかまりふつふつと煮え立つものが何なのか見定めようとしていた。それは愛するものを奪われた憤怒でも、所有物を損なわれたいらだちでもなかった。私と彼女は余地なく仕立て上げられた政略結婚の夫婦で、にわか成金の私は申し分のない家柄を欲し、没落しかけの妻の実家は、無理な開発で痩せてしまった土地を育て直すだけの財力を欲していた。二人の間には契約上の義務だけが存在し、生じる情は愛と名を変えるには程遠いものだったし、私が彼女を所有したことなど、ただの一瞬もなかったのだ。
「ホラ、できましたよ。チョイと“起こし”てみますかね……」
死霊術師の薄汚れた白衣が視界に伸び上がる。彼は丸めた背をしゃんとすれば、案外身丈のある男だった。彼は不愉快な舌打ちの音とともに、小さなスイッチが無数に取り付けられた、手元の端末をいじった。
死体の口が開く。まず、ぱくぱくと声にならない息を吐き出し、それから身の毛のよだつような掠れ声でこう繰り返した。
「わたくしは満足ですわたくしは満足ですわたくしは満足ですわたくしは満足です……」
「おっと、こいつはすごいですね。今再生してるのは新鮮な記憶のうち最も強く残された台詞になるわけなんですが、心当たりはおありですかな?」
私は耳を塞ぎたくなったが、吐き気をこらえてやっとのことで、これだけではなんとも、と返答した。相手はニンマリと品のない笑みを浮かべ──歯を剥き出しさえした──そして、今度は別のスイッチを素早く上下させた。鳴り続けの言葉が途切れ、代わりにこのような文句が絞り出された。
「お渡しできるものなどありません私は夫を厭うてなどございませんわ──…」
私は自分の耳介がぴくりと動くのを感じた。何故にこの無害な女が絶命するに至ったか、ようやっと合点がいった。握りしめられた拳を見逃さなかった死霊術師は、芸を仕込まれた猿のように何度も両手を打ち鳴らし、快哉の叫びかくやあらんの朗々とした声で笑った。笑い、笑い、天を向くまでのけぞって、ふと我に返ったようにまた背を丸めて陰気な顔を作った。
「先生、お分かりになりましたか」
「ああ、すっかり分かった。彼女は私の為にこそ死んだ。おそらくは誘惑を装った交渉を持ちかけられ、拒絶したがために奪われたのだ、命と共に。取り戻さなくては」
「何を、までは教えちゃくれないんですね。いいですよ、どうせおいらは雇われの身ですから、貰うものさえ貰えりゃそれでいい。何、面倒ごとに巻き込もうってんですか。じゃ、追加料金をいただきますよ……」