私たちは手をつなぎ、地雷原を歩く。花冠を戴き、平和を示し笑顔で爆ぜる。
おめでとう、という一言とともに、私は工場長から通知を貰った。人間と人間が世界を二つに引き裂いて没頭していた長い戦いが終わり、軍需工場として稼働していた生産ラインも、ひと月前くらいから終了の予告が出されていた。私を含めた機械仕掛けの工員たちは平らかな世で余剰となり、何らかの形で役立てることが検討されていたのだった。工場長は同じ群青色のケント紙を手にしており、やがて運命を共にするのだと示していた。私は箔押しになった文字を追った。流麗な字体はこれまで扱っていたスプリングによく似た曲線で踊り、次の行き先を伝えていた。
昔は森だったというその平野には、数え切れないほどの地雷が埋められているそうだ。丁度隣国、敵陣営にあたるそちら側との国境沿いで川もなければ単に平坦なこの場所は、考えるまでもなく国防の要所だった。壁や砦が際限なく建て増され、それが爆撃や砲弾で削られてはまた繕われとするうち、最終的にはあたり一帯をほとんど隙間なく危険地帯に変えてしまうことで軍首脳の意見が一致した。国境からおよそ一キロにわたる範囲が放棄され、それから単純なロボットによって、田畑に種を撒くように、あますところなく人殺しの道具が植えられた。そんな無意味なことをしなくとも、翌週には停戦の合意が取れたというのに。疲弊し、クーデターに撹拌された世界はあっけなく全ての戦場から兵士を引き戻し、代わりにがらくた掃除のための人員を派遣することになった。平野に敷かれた愚策の産物は、さっそく両側の悩みの元になった。手を握るにはぴったりの場所だのに、通れば握る手も千切れ飛んでしまうことは誰の目にも明らかだった。また、平野の他にも問題はあった。戦地から戻った者達には耕すべき畑や組むべき歯車が必要だったが、それらはほとんどすべてがアンドロイドの仕事になっていた。人間の仕事が不足し、生活の基盤と呼べるものを失った彼らは、それぞれの国に対してこう声を張りあげた。我々は戦い、我々は帰り、そして放置されている。
国は家族を養ったり身を立てたりしたがっているこの居所定まらぬ元兵士らを、労働者に変える必要に迫られた。そうして為政者は頭をひねり、これからの世界の為にこの上ない解答を導き出したのだった。私達は休憩なしに誤りなく作業を続け、決して不平を言うことがなかった。私生活と呼べるものはなく、労働の対価として定期的なメンテナンスとそのための費用だけを求めた。雇い主たちは今更人間を、扱いづらく厚かましくミスだらけの人間を雇い直すのには難色を示したが、しかし結局は人間性に右倣えで、この上なく忠実な召使いをいくらか、廃棄することに同意した。
私は土くればかりになった大地を踏み、地平の上に立った。両隣には同じ境遇の娘たちが並び、時折小さな信号をやりとりした。右隣はおそらく別の工場の、まったく見ず知らずのひとりだったが、左隣に居るのは顔なじみの、一世代姉にあたる同型機だった。視界の遥か向こうに見える樹冠の繊細な凹凸が、空の青さをより鮮やかにした。そこではっきりと色を分かつ雲は綿花をちぎり取って散らしたかのようで、満ちる陽の光をそこら中に撒き散らしている。素晴らしい天気だった。微風がそよいで姉の結い上げた髪のおくれ毛を揺らした。彼女のいでたちは今では廃れた伝統の装束で、すぐ量産品と分かる単調な刺繍に彩られている。文様にはなんの意味もない。私達と同じだ。記念すべき日にはこの上ない晴天の下で命令を待つ。やがて二種類の国花で編まれた冠が配られ、手と手が結ばれた。私は姉を見た。姉も私を見た。列をなす人工物をとりまく音は、大気やさえずりといった自然のもたらすもの以外、なにもなかった。命令を待った。
そして私たちは手をつなぎ、地雷原を歩いた。まず姉がばらばらになった。この生贄にはドローンだけが立ち会った。絶え間なく、誰かが役目を終える音がした。ネジを締めるのとそう大差ない作業だった。儀式を組み立てた人々の思惑通り次々に数を減らす私たちは、のちの世界でなにか神聖なものになるのかもしれなかった。樹脂と鋼でつくられた天使、花冠を戴き、平和を示し笑顔で爆ぜる。