それからの話をしましょう。

 私は故郷へ帰りました。役目はすべて終わったからです。私の故郷は一二〇年代初頭に数かぎりなく飛び立った開拓民がケンタウルの片隅に作った小さな町で、思ったより以前のままでした。懐古主義的な三角屋根の木造建築(ふたつ前の世紀でよく見られたものです)が各々割当ての平方に収まり、道幅の広い通りには人影ひとつ見当たりませんでした。この町の住人は用がなければ外出しないのです。テラフォーミングの初期にありがちなこの習慣を、彼らは砂塵と磁気嵐の恐怖が過去のものになってからも、粛々と守り続けていました。私もあまり無用な散歩が好きではありませんでしたが、銀河を飛び回る冒険の日々は、差し迫った命の危機への警戒心こそ研ぎ澄ませましたが、逆にそうでない、いわゆる想像に根差す恐怖への感覚は人並み外れて鈍となり、大抵のことでは驚きすらしなくなっていました。手元のデバイスが教えてくれる天気予報と肌で知る風の流れは、私を安心させるに足るもので、私は幼少期の恐れにはまったく無頓着で、静まりかえったパハルベル通りを進んでいるのでした。
 玄関ポーチに立つと、私の影はパステルグリーンの扉を長く這い登り、まるでそれを叩き割ってしまったかのようにはっきりと境界線を引きました。土着のトカゲの頭を象ったドアノッカーを、私は三度鳴らしました。はじめの一分間を、私は辛抱強く待ちました。次の三分は、言いようもない不安に視線をさまよわせ、それから残りの五分に至っては、廃墟を見るような諦観でそこへ立ちんぼうになっていました。すると玄関先から気配が去らぬのを知ったらしい住人が、ようやっと開いた扉の隙間から顔を覗かせるのでした。彼女は私の母でした。母は記憶にあるよりもやや年を取って白髪も増えていましたが、きょうだい全員に分け与えた美しいヘーゼルの瞳はそのままでした。彼女は眉間にうっすらと皺を作りこちらをじっと見つめてから、私の名を口にしました。私は肯定の意味を持つ故郷の言葉で答えました。パステル・グリーンは視界から消え、内側はペンキが塗られていないのがあらわになりました。開いた戸口で母は私を、仲間と共に使命のために立ち、大銀河からかの暴君を排し、支配から万民を開放した勇士のひとりたる私を、力いっぱいに抱きしめるのでした。
 しばらくそうしていてから、私は母の肩の向こうに、なつかしい我が家を垣間見ました。くすんだ壁紙のクリーム色も、そこに飾られた祖父母や幼い日の家族の写真も、すべてが記憶にある通りで、私の心には喜びと愁いとがたちまちに湧き上がり、胸をふさいでしまいました。私は母の額に自分の額をつけて親愛の情を示すと、廊下の奥にあるはずの我が家の暮らしを、確かめに行こうとしました。
 ところが、母は私を押し留めました。あなたは入れない、と首を振り、あるかたちにした指を私の両肩に触れさせ、伝統にのっとった正式なやり方で拒絶を示しました。どうして、と問う途中で、私はその理由を思い出しました。それを母の言葉が裏打ちしたのです、あなたは人を殺して穢れたから、この家には入れない。予報が外れたのか、さっきまで問題なく注いでいた陽光が力をなくし、私たちの影は鈍く混ざりました。母さん、僕はみんなのために戦った。この自己弁護は、経験なウハグ=アバルの信徒の首を、ふたたび横に振らせただけでした。
「母さん、僕はみんなのために戦った」
 私は連邦の標準語で、さきほどの文句を繰り返しました。母はまた、同じかたちにした指で私に触れました。
「あなたは殺した。この家に入ることはできません」
「すべて終わった、だから来た。ここは私の生家で、僕はあなたの息子なのに」
 みたび、母の指が私に触れました。彼女の指は神経の病に冒された人のように慄えていて頼りなく、それでいて芯にある意志は弁解の余地も期待しえない程度に頑なでした。信仰は無慈悲な異星の自然に放り出され荒野に杭打たねばならなかった開拓民にとって、恐れを麻酔し自死という選択肢を生への執着に塗り替えるための拠り所となることがしばしばありました。私の故郷の人々もその末裔であり、おそらくは抑圧された閉鎖的なコミュニティ内での人口減少を防ぐための律だったのでしょう、殺しをひどく嫌いました。それが私欲のためであれば重罪に処され、正義のためであっても、追放の運命を免れることはできなかったのです。私は後者であり、もはや故郷では受け入れがたい存在と化していました。母が私を抱擁したのは、血を分け乳を与えた息子の帰還に、感傷が抑えられなくなったというだけの話だったのです。
「贈り物がありましたが、あなたの家を穢さぬように、私を信じるもの一人と、私を値踏みするもの一人、私を知らないもの二人の手を介して届けさせましょう。さようなら、母さん。いつでも愛しています。兄弟にも愛していると伝えてください」
 と、私は言い残して瞼をかたく閉じ、かかとを揃えてそのままじっと項垂れていました。母の嗚咽のかけらのような音が聞こえ、蝶番のわずかな軋みが続き、金具と木材の特徴的な音でしめくくられました。これは閉じた音でした、私と家族との間には時や距離以上に堅牢な、越えることも壊すこともできない壁があり、その戸口は埋められてしまって、二度と開くことがないのです。
 私は作り物のような町並みを後にして、船へと戻りました。エアロックの中で砂埃を落としたせいで人工知能から受けた小言は、今さっき自らのルーツから切り離された人間にとって、少しばかりの慰めになりました。私は自動操縦に任せると、さっさと自室へ引っ込んで寝台の上に横たわり、到着するまで眠ってしまうことにしました。近頃拠点としている星はここから何星系も離れており、ワープを併用したとしてもこの無念の重苦しさと向き合うにはあまりにも長い時間が必要となるのでした。忠実な船の人工知能は船長を哀れんで、いつの間にやら安眠に必要な全ての条件を揃えてくれているようでした。それでも私の目尻からは、完全に寝入る前に一筋、不必要な水分流出が生じてしまいました。

船が飛び立つとき、何十年ぶりとなる中規模の砂嵐がこの地域に迫っていました。予報は完全に外れたのです。