生まれてこのかた、階段と折り合いをつけられずにいる。上から一歩一歩しっかり踏みしめて下っていくと、最後の段を見誤り、無い段を踏もうとしてしまう。だもんで出した脚に不必要な力がかかって痛い思いをするし、転べば大層恥ずかしい思いをする。昇るときには反対に、一段見過ごしてしまうから、気がつかなかった最後の段に爪先をひっかけて、やはり痛い思いをする。そこに他人の目があれば、当然、羞恥に顔を熱くすることになる。今住んでいるアパートの階段は特にいけない。角という角が手ぐすね引いて待ち受けている、向こう脛にまた一つ、不名誉な斑を加えてやろうと狙いすまして待っている。上手くいなせる場合もあるが、そうでない時に限って両手いっぱいに荷物を抱えているからやりきれない。踊り場いっぱいに広がったワインの水溜まりを雑巾で吸う羽目になって以来、瓶のものを買うのはやめにした。チック症的な癖があるとか、特定の匂いにノスタルジアを感じてならないとか、そういったことは友人の間でもだいたい共感を得られるが、階段と仲違いしているという話には、同情すら得られた試しがない。二三病院を回ってみたが、幼い時分の出来事を根掘り葉掘り聞かれるばかりだった。律儀に答えてやったものの、いちいち大袈裟に驚いてみせるので、馬鹿馬鹿しくなって西洋医学に頼るのはやめてしまった。かといって東洋へ立ち寄ってみる気にもなれず、せっせと青あざを作っている。アパートの管理者がエレベーターを備えてくれればどんなにかありがたいことだろう。四階の廊下の雨漏りと隣室のねずみ穴、表の柵の錆落としの次くらいには検討されるだろうか。珍らしい悩みも、金があれば、とつまらない着地をする。