ぴんぽん。
「はいはい、ああ、宅配便ね。はい、ご苦労さま」
「重いですから気をつけて」
「あら、本当に重いこと」
「ではでは」
「ありがとう。まあ、クール便」
居間に戻る。キッチンに行った方がいいかしら。
床の上で開封。
上面、金属円板。どうりで重い。カッターを持ってきて四辺を縦切りに。
「きゃあ、脳みそ。嫌ねえ、いたずらかしら」
「いたずらなものか」
「わあ」
円柱の水槽の底面五センチが底上げされて、スピーカーがついている。声はそこから。夫の声。
「あなたなの。なんでまたそんな風になっちゃったの」
「僕ねえ、こうして脳みそになってしまった訳だけど、どうだろう。一日一錠のブドウ糖だけでいいんだよ」
「それじゃ答えになってないわよ」
「いやね、熟年離婚なんてのが流行っているだろう。日がな家にいてあんまり面倒をかけると、君も嫌気がさしてそういうことになるまいかとね」
「ばかねえ」
「なにが」
「あなたの世話くらいいくらだってするのに。好きなんだから」
「エッ……それじゃあ」
「もう、ほんとばかねえ。こんなになって」
「でも、ブドウ糖一錠でいいんだよ」
「定年したら旅行に連れて行ってくれるって言ってらしたのに」
「ううむ」
「ううむ、じゃないわよ。しょうがないわね、いいわ、わたしが連れてったげる」
「本当か」
「本当よ。荷物になるけど、なんとか持っていけるわよ。しっかしブドウ糖一錠じゃあ、一緒のご飯も食べられないじゃないの。ばかねえ。体はどこにやったの」
「体は売ってしまった。何に使うのか知らんが、もしかすると、おれの体を移植されたやつがいるかもしれない」
「まあ。見かけたらそっちと旅行に行っちゃおうかしら」
水槽、心もち青くなる。
「ばかねえ、青くなったりして。嘘よ、それにわたし内面重視なの。うふ」