「純粋に、生きていたいと思って永らえている訳じゃありませんよ。」
彼は透明な円柱の内側を親指の腹でけだるげにでなぞった。地球産の最後の純血は、その非常に価値のある血液をもって頬を彩っていた。「水が熱すぎる。」かたちのいい眉がひそめられ、非難がましい鳶色の瞳に追われた僕は手元のパネルを何度もつつく。指先がいらだちのジェスチャーそのままに下向きの三角をいじめぬき、それを見た彼は水棲の生き物を思わせる奇妙なやりかたで、チチチと舌を鳴らした。
「そんなに下げたら死んでしまうじゃありませんか。」
「ひい、ひい、ひい。」返事のつもりで風音をたてていると、地球人の男は先程の不満げな様子とうってかわっていかにも楽しげに、からだを折り曲げて哄笑した。狭い水槽に額がぶつかり、液体を揺らすやや波打った主旋律に鈍いバスが加わる。「あなたは喋れないんでしたね。私の喉を使わないんですか?」
僕の喉奥にある萎縮した声帯は、この無邪気な提案に脅かされて、益々みじめったらしく縮こまった。あの治療はあなたの世話をしている僕の小粒な給料じゃ、とてもじゃないが手が出ませんよ。の代わりに僕はまた、病んだ鶏の呼吸音を返す。彼の目尻はおどけた友人の睦みを含んで垂れる、唇のあいだから覗く歯は完璧な2・1・2・3 / 2・1・2・3を暗示し、ながく伸びた四肢にはきれいな爪をそなえた指がそれぞれ五本、適切な位置に生え揃っていた。
完全な地球人の笑みの前で、歯ぬけの僕はあけすけな好意に耐えられず、不揃いの指で彼には熱すぎる“適温”のボタンに触れると、びっこを引き引き部屋を後にした。ガラスを(実際はもっと強い樹脂)叩く音がしているけれど、僕の耳は死んでしまってもう聞き取れないみたいだった。そうだ、僕はいつだってそう、死んでしまったことにして、無愛想な今日をただやり過ごしている。