外が寒くなりだすと、急に、死ぬことが気にかかる。
「僕は君よりも先に逝くんだろうね」
「あら、妾あなたの半分も生きないのよ」
「エッ、君の種族は、人間よりも長く生きるものと思っていた。違うのかい」
「あなたのおっしゃるのは龍のほうでしょう、蛇は姿こそ似た様なものだけど、中身は大違いよ」
寿命の話なんかして気を悪くしたか、と妻の様子をうかがうと、平生と変わらず、つやつやした白い顔に、おっとりと笑みをのせて、やや斜に傾いている。変わらないから尚更、無神経に非道いことを言った気になった。「そうだったのか。悪いことを言った」
「悪かないわよ、ただ申し訳なくって」
「何が」
「何がって」彼女は形の良い薄い眉をほんのすこし寄せた。「寿命の話よ」
「寿命の話って」
「私があなたの半分しか生きないって話よ」
「そうか」
「そうか、ですって。あなたお嫌でなくって。ああ、知ってらっしゃると思っていたけれど、ご存知なかったのね。困ったわ、ねえあなた、知ってしまった今となったら、こんな女を選んだこと、後悔なさらなくって。だってあなた、妾あなたの半分きりしか生きていられないのよ」
女はややこしいことであれこれ思い悩むものとは聞きながらも、妻があんまりにもうろたえてこういうもの言いをする、そんな事態にはついぞ直面したこともないので、僕は只々面食らって、腕をそれぞれ、向かいのたもとにつっこんで、肘のあたりや手首のあたりやその間を、意味もなくぼりぼりやっていた。
「多少驚きはしたが、それが君と僕との結婚になんの関係があるのかね」
今度面食らったのは妻のほうらしかった、大きな丸い目を益々大きくして、暫時動きを止めたかと思うと、やにわに見を乗り出して、つめたい長い指で僕の手を包むと、大きく揺さぶりながら、どうと勢い良く喋り始めた。
「あなた、何を言われても取り乱したりしないから、どうか本心をおっしゃってくださいな。だって考えてもみて頂戴、自分が死ぬまで一緒にいるものと思って結婚するのが普通でしょう、そういう約束で結婚なさったのに、妾のほうがずっと早く死ぬのよ。あなたを騙していたことになるんだわ、だってご存知なかったんだもの、ああ、どうかお許しになって」
「ねえ、もう君取り乱しているよ、それも気の狂わんばかりに……だいたい何だ、先刻から、僕は君に騙されただなんて思ったりしないよ。君が好きで一緒になったんじゃないか。いくら生きようが、死のうが、構いやしないさ。ね、それに、ともすると僕のほうが先に死ぬかもしれない、それでも君、僕が好きだろう。人間同士の夫婦だって、みんながみんな長寿を全うできるわけでなし、そう気に病むことはないよ、そうだろう、そうだろう」
いつしか僕の手は、彼女の震える両手を握って、さっき彼女がしたのとおなじように、一言一言に合わせて強く揺すぶっていた。すると妻の目は恥ずかしそうに伏せられて、唇がわずかに震え、
「ごめんなさい」
と発音した。僕は、このまま何事も無く時が過ぎれば、こんな頼りない夫のことを、この世に置き去りにして逝かなければならない妻のことが、本当にかわいそうになった。