卑しい身分で随分な高望みをしたと思いますが、生まれ持った器量はこれでなかなか、町を歩けば可憐なお嬢さんをいくたりも振り向かせるといった具合でありました、というのも、私の母親は欧羅巴からやってきた貿易商の種で私を孕みましたので、あちらとこちらの要素要素が調度良いあんばいに混ざりあって、目鼻立ちのはっきりした美男子になったというわけなんです。やれやれ話が逸れまして、先ほど申しました高望みとは一体ぜんたい何なのか、貧乏人が一人前に勿体ぶりやがって、そうあなたのお顔がおっしゃっていますね、ええ、そりゃもう判切分かりますとも、今すぐお話しますからそのまま聞いていらっしゃい、聞いていらっしゃい、なに高望みといいますのは、私の恋愛のことでございましてね、あれも随分寒い日でございました、その日は運悪く外套に大穴を開けてしまいまして、仕方なく外套なしで出かけたのですが、まあ寒い寒い、お天道さまは灰色の雲のひときわ淀んだあたりに留まって、ひとかけのぬくもりも寄越さないといったありさまでして、バスを待つ間もただただ寒くて仕方なく、着物の前を寄せてぶるぶると震えておりましたら、何やら花咲乱るる春の、それを思わせるほがらかな香りがただよいまして、私の肩をきわめてやさしく、とん、とん、と叩くものがあるんです、おや、とその方をうかがえば、白魚の、いや、どうもこの例えは生臭くていけない、まあつまり優雅な白い指が、触れるか触れないかのところにありましてね、その根本を辿って行くと、どうでしょう、ほっそりとしてかつまろやかな頬の輪郭線、絹の肌にはらりと落ちかかった、ええと、花びらのような、ああ語彙が貧しくていけない、それから零れ落ちそうに潤んだくろい瞳、つややかな御髪、つまるところ我々の夢の中にしか存在しないような、この上なく美しい貴婦人が姿をあらわしたわけなのですよ。まあ人間というものは尋常ならざる過酷な環境においては、感覚も鈍って馬鹿になるんですな、それまで全く気が付かなんだ、こんなにも美しい人がすぐそばに居たというのに!