「もうだめだ。喉が限界だよ。今日はもうしゃべれそうにない」
 男はひざまずいた姿勢のまま、口の端から血を混じた唾液を垂らした。彼の顔や四肢をぞんざいに塗りつぶす紫は“鮮やかな”と“濁った”のまだらになっていた。わざとらしく咳き込む音が八面のコンクリートに砕かれて降り注ぎ、それとともに我々の脳裏には我々のうち何人かが頭蓋を砕かれる音がかけめぐる。いまこの瞬間にも、我々は危険に晒されていた。「我々をどこへやった」
 男は心底嘲笑うように唇を歪めた。「“我々”!」荒れた唇が割れて新しい赤が滲む。「お前らみたいな人間もどきは死んだほうがいい。怒ったか?ハハ、お前らはまがいものでしかない。できそこないのセルロイド人形、赤ラベルの缶詰、とるに足りない大量生産の商品……」
「貴様が話さないなら隣の部屋の女子供に聞くだけだ」
 男の顔が一転、苦痛と恐れをあらわにする。濡れた髪の生え際に、彼自身の体液が湧いて流れる。「悪魔め」のろいの言葉は排水口の上にむなしく落ちた。激しい喘ぎの隙間から辛うじて滑り出た侮蔑、無意味な虚勢が薄まった血とともに下水へと吸い込まれていく、パイプの奥できらきらと光を反射する折れた歯、ずた袋を引き裂く音がして、また我々のひとりが腸(はらわた)をこぼして死んだ。