街にとかげが出てくる。僕は膝を抱えたまま、頭の中にある、ある種類の生き物が光を感じている部分でそれを見る。大股なら三歩で冒険し尽くせてしまうフローリングの床の上、はっきりとした陰影が白と黒、眠りをずたずたにする白と黒の鮮烈なコントラストで混沌を窓辺から呼び込んでいた。窓! 窓! 窓! 硫酸銅かメチレンブルーの青を背中にしょって、あの粘液質の肌をひからせて、街角のあちこちに吹き溜まっているのだ、太った指のようなとかげの群れ。どうしてこんなに、とかげばかりなんだ?空は果てを失って鈍とした曇、重苦しくつる下げられた灰色を僕に支いで乾いたタオルのよう、涙もないのに顔を埋めて頬を和ませたいのか、あるいはもっと直接的に、あのパン屋の看板の陰や喫茶店の植え込みのくぼみにうごめく固まりそこねのゼラチンを、すべて拭き取ってしまいたいのか、脳みそは受け取った光を取り落として泣いているから分からない。ベランダの、掛けがねが遠い。今すぐにでもにかわ色のサンダルをつっかけて出ていかなきゃならないのに。そこで君がおろしたてのシャツを着て登場する、歩行者を妨げぬ白線一本を踏んで登場する、器用に・また毅然として! のりのきいたシャツのエッジで寝ぼけ眼の午前を切り裂きながら、怒れる右腕で空を指す。それから、それから僕は穀物の雨を受けてまるで塩をふったなめくじみたいにしおれていく町をビルをパン屋を喫茶店を見下ろして人も猫も木も草も巻き込みながらとかげたちがせきばらいひとつの速度で下水道に折りたたまれていくのを息もできずに眺めてそれから晴れ晴れとした笑みに慄然とする僕の姿を開かないアパートの窓に見つけ、君が僕自身だったと知る。

(谷山浩子 「穀物の雨が降る」によせて)