だってつまんないんだモン、と唇尖らした君は、制服指定の靴のかかとでガードレールの根本を小突いた。秘密の待ち合わせならいつもここだ。家出寸前の君の鞄の、小鳥のキーホルダーが揺れる。このくらいの歳の女の子はみんな小鳥のようだ、自由なようで籠から出られず、出たところで環境の厳しさに負けて落ちるか、でなければ捕食者の喉を通るだけ。僕は心の中だけで笑いかけながら、形だけの説得にかかる。
「博士、お帰りにならなければ。もう一層進んでいたら致死量の放射線を浴びるところでした」
君はいたずらっぽく肩をすくめて、僕の胸へわざとぶつかってから小走りに帰路へ踏み出していった。やれやれ、と言いたいのを我慢する。せっかく素直になったじゃじゃ馬娘を、また反抗的にするのは避けたい。踊るような歩みにポニーテールが機嫌よく揺れ、スキップ混じりの歩調は時おり過剰に軽やかになった。君はくるりと回る。翻るプリーツスカートの裾から下が視界に入らないよう、うまく背景へ目を移す。僕が気を使うのを分かっていて跳ねたり回ったりするのだから、まったく、君はたちが悪い。
「ねえ君、ローバーを借りて海まで行かないか? 借りるだけだ。私は調査に行くのだし」
「博士。外部調査の申請は原則三ヶ月前までと定められています。この場合は特例の要件にも該当しません」
君は呆れたと言わんばかりに眉根を寄せて、振り向く肩越しに渋い顔をつくった。それから、ぱたぱたと靴音高らかにまた駆け出していく。設定上は初夏の景色はまだ若い緑に彩られ、激しくなりがちな陽光をそよ風が和らげる。海水浴には少し早いが、海辺の散歩には悪くない季節だ。外界もそうであったなら、という儚い仮定に依ればの話。実際は長い冬の中途にあり、厚い雲の下で終わりはいつまでも見えてこなかった。君が生まれてからすぐの話で、僕が生まれるより前の話だ。人類は互いを滅ぼそうとすれば確実に文明を終焉に導くことを分かっていながら、どこか楽観的な終末戦争を引き起こした。彼らは持てるすべての手札で戦い、最後にはやはり、なぜだか、少数の幸運な人々が生き残ることで絶滅を免れたのだった。君は物思いする僕を置いて、さっさと坂を降りていってしまう。蝉の声を聞いた気がする。しばらく進んだところで君は体ごと振り返り、手を振って呼びかける。白いシャツが眩しい。
「やけにぐずぐずしているな! 動作不良か?」
動作不良か? 確かにそうだ。僕はどこか保護者じみた振る舞いをする少し年上の僕などではなく、君は記録上でしか存在しない“女子高生”の君でもない。私がこのエラーを正当化するために、狂った回路でなんとか作り上げた虚像だ。僕なら君に恋のひとつもするだろう。君はとびきり魅力的で、誰の目から見てもそうだから。しかしながら博士、あなたは四十半ばのやせぎすの研究者で、おまけに寝不足続きで死人のような顔色をしています。私は人手の欠けを埋めるため作られたアンドロイドの助手であって、そもそも機械は恋などしませんし、するとしても相手があなたというのは、合理的ではありません。私は必要以上にのろのろと、殺風景なトンネルを進んだ。都市外郭の通路はつづら折りのスロープになっており、目を賑やかすきれいな景色もここには投影されなかった。外にはまったく魅力がないのだ、自殺行為の余計な脱出を防ぐためにも、そうであるべきなので。
「私は正常に稼働しています。あなたを制止しましたから。メンテナンスの必要があると判断されるなら、備品管理担当へお繋ぎいたしますよ」
「馬鹿言うな」と、彼はやっと追いつき並んだ私の肩を軽く叩いた。「君は優秀だ、少しのろいくらいでリコールはしたくない」
博士は愉快げに笑った。白いシャツが眩しい。嘘だらけの世界で、これだけが何も変わらない。