絶滅危惧種にぽかんと見とれていると、右手の隅の、なにやら薄汚れた小さな展示スペースが目に入る。中身を吸われたぶどうの皮そっくりのしぼんだゴムまりが雑然と捨て置かれ、かたわらには綱の切れたブランコが、修理もされずに転がっていた。昔なにか動物が入っていた跡地かとおもえば、水入れには清潔そうな透明の水がなみなみ満たされているし、餌いれとおぼしき黄色いペンキ塗りの箱には、つやつやしたリンゴだのコッペパンだのレタスだのが山積みになっている。オヤと思って近寄ってみると、果たして動物はそこにおり、向かいの壁のへこんだ部分へ、身を折り畳むように収まっていた。展示場のそばまでやってきた客(つまり僕)に向かって、窮屈な姿勢はそのままに、茹ですぎた卵の黄身のような灰色の視線を送っている。その姿といったら! さっき「さるのコーナー」で見てきた類人猿の特徴を多分にそなえているが、脚だけが、育ちかたを間違えたかのように、むやみやたらと長いのだった。それから、体毛がほとんどない。だというのに、頭部と、組んだ脚に邪魔されてよく観察されないが恐らく股の間にも、もじゃもじゃした毛がうっそうと繁っていた。頭の毛は首の付け根のあるあたりまでうねりながら垂れ下がり、目元は顔に被さる毛によって陰になっていて、よどんだ瞳の陰気くさい印象が、ことさらに強調されていた。股のほうは言うまでもなく、よくよく眺めていると、質の違うまっすぐな産毛で全身うっすらと覆われているらしかった。僕はこれがなんの動物だかむしょうに知りたくなって、急ぎ足にプレートを覗き込んだが、生憎と名前も解説も、摩滅して判別不能になっている。どうやら園はこの生き物に対し、あまり期待をかけていないらしい。事実あの生き物の様子は職員のみならず客の無関心も致し方なしのありさまで、とてもスターの器には見えなかった。
 それでもしばらくプレートの掠れをためつすがめつ頑張っていると、やおらこの園の青い制服姿が視界に入る。目のさめるような鮮やかな瑠璃色に身を包んだ中年の職員は、ときおりそのどっしりした嘴を軽快に鳴らしながら、親切にもこう教えてくれた。

――あれは、ニホンアシヨコシマザルというのです。
―ヘエ、やっぱり猿のなかまなんですか。
――いえいえ、なかまなんかじゃありません。比喩的な用法では、なかまと表現したっていいくらいの近縁ですが、あんなのをなかまに入れたらほかの猿が怒ります。
―そんなに悪い動物なんですか。
――悪いも悪い……ここにいる絶滅危惧種と、あそこには行きましたか、絶滅種標本展示場、屋根のまっ白い建物です――絶滅種たちの多くは、この生き物ただ一種の手によって、青く美しい地球号の座席を失うことになったのです。
―はあ。じゃやっぱり悪い動物なんですね。
――ええ、悪い動物です。でも動物は動物ですからこうして展示しています。餌だけは満足に与えてやりますが、ほかはね……あれはああしているのがお似合いなんです。

 壁のくぼみに身を縮めていた生き物が、何かを口に運びだした。餌箱には新しいのがあるのに、手にしているのはいつからしまい込んでいたのやら、砂だらけでぺしゃんこになった塊を、一定のペースで口に運んでいる。がさがさしたみじめな唇のあいだで少しずつ小さくなっていくコッペパンを見ながら、僕は胃の中の昼食を、まるごと吐いてしまいたくなった。