イラレイナ・トォ

 「それで、」
 それで、それでそれで。ヴァは次の言葉が継げなくなった。フォークの先で突ついたしなびた野菜が食べ残す前からしなびていたように、この会話もはじめからしなびていたような気がする。気取ったデザインの壁の隙間から漏れてくる寝ぼけたランプの光、照らされたイラレイナ・トォの豊かな黒髪に羽虫がとまり、カールした毛の先へと登っていく。彼女とは図書館で出会った。その日も確かこんな風に、黒髪の巻いた胸のあたりで虫が遊んでいた。「ロナでいいわ」ヴァは言われて初めて、自分が見つめていたあたりに名札が付いているのに気がついた。イラレイナ。ロナ……
「それで……」
 それで?それで、それで。ロナの緑がかった瞳はどちらも熱にうかされたように潤み、辛抱強くヴァの次の言葉を待っていた。だめだ、マチステア・ヴァは皿の上に残るよく煮えた草の、あまり好きではない酸味を思い出した。だめだ、この子は私服の俺しか見たことがない。

 執行人の黒いコート。誰も人殺しとは付き合いたがらない、俺もそんな物好きは好きじゃない。脳のかけらが入った小瓶、誰もそんなもの欲しがらない、俺もそんな悪趣味はごめんこうむる。彼女になんて言おう、それで、君は魔法使いをどう思う?