「あの子なら死んだよ」
「何て?」何度聞き直したところで現実を変えることなどできはしないと分かっていた。図書館の外には相変わらずの曖昧な日が差し、左右に伸びる小洒落た遊歩道のひび割れから、見慣れた雑草が顔を覗かせていた。その上を子供らが駆けていく、ボタンのとれかけたジャケット、ヨットの描かれたセーラー襟、くしゃくしゃの野球帽、泥の染みこんだズック靴。布をはたくような足音が角を曲がって遠ざかる。むやみに広い道の向こう側で、腰の曲がった老婆がくしゃみをした。きつく巻いたスカーフが風になびく。湿った塀の表面に繁茂する苔のような深い緑。ヴァは数歩進んだところで足を止め、イラレイナ・トォを失ったのはこの世界で自分だけだと錯覚した。通行人が訝しげに彼の顔を見、気まずそうに逸らしていく。彼の栗色の上着が丈の長い黒だったなら、どこへどれだけつっ立っていようと、誰の目にも留まらないだろう。ロナ。普段着の執行人は清涼な外気を吸い込んだ、もっと淀んで胸のむかつくような味がすればいいと思いながら。平凡な一日を難じたところで現実を変えることなどできはしない、だが魔法使いなら?大叔母の口ずさむ思い出が鼓膜の裏側をくすぐる。魔法使いなら彼女を哀悼し、この薄情な空に涙のひとつでも、流させることがたやすくできる筈だった。