イェーナ

 「知る価値のないことを知ろうとするな」
「なぜ?」
 イズイアエナ・ランは読みかけにした冊子を取り落とした。手首に走った鋭い痛みに気づいたとき、それは床の上でくしゃくしゃになっていた。この時代の紙は薄く、裏の色を透かしてようやく意味のある文字が浮かび上がるようにできていた。
 イェーナ、お前は少し小賢しいよ。そう言いながら彼女の師は300年前のオキチェ語で書かれた冊子を拾い、暖炉に放り込んだ。古い紙はよく燃えた。火は一瞬だけ柔らかく膨れ、息を吐くように脱力した。穏やかな熱が、イェーナの栗色の髪を撫でた。師の顔に刻まれた皺は、こういうおぼろな光のもとでは閉じたばかりの傷跡に見えた。
「全て終わったことだ」
「でも」
「お前に魔法をかけるのは難しい」
 娘の唇は本人の意思に反してかたく閉ざされた。だが魔法使いが告げたように、一度綻びたところから糊は剥がれゆき、足止めをくっていた一言は叫びに似た激しさで吐き出された。
「それでは失われてしまう!」
 言葉以上の真直さで向けられた彼女の瞳は、琥珀になぞらえるにはぴったりの、甘さを含んだ豊かな色彩だった。それはあまり美人ではない彼女の魅力を、どんな化粧よりもうまく引き出していた。悧発な子だ、見込んだ通りに。マヤスク・ラデラは深い溜息をついた。明日までに書庫を片付けておかねばなるまい、ひどく骨折りな作業になることは明らかだったが。“圧縮”は彼の得意とするところではなかった。
「失われたほうがいいこともある。これから先は特に」