昔は創像だけがあると見なされていた。だがオゾロノのヴェントチラノが魔法に想起の概念を加えた。あの国が遥か昔からあって、自在に現実を作り替えてきたのは皆も承知の通りだが、どれほど革新的な発見だったかをきちんと理解している人はそう多くはないだろうね。魔法を使うとき、目的のものは既にそこにある。力の強い魔法使いほどこの想起はほとんど無意識に行われ、たとえ苦労したにしろそれは創像の苦労と思われていたんだ。僕がこうして指先に火を点してみせるだろう、僕はまず想起した──僕の爪を焦がすことはなく、部屋をまるごと焼き尽くしてしまうでもなく、色はこの暖かな黄色、青でもピンクでもなくただ自然で美しい。呼気に煽られれば揺れる弱い火、けれどこうして僕の頬に熱寄せるには十分な火。僕らは想像こそが魔法の本質と見なしがちだが、本当は想起こそが核なんだ。僕らはこの世界を操る力に方向性を与えてやる、そうあるべきだと願うものに形を与え、掬い上げるんだ、まるで混沌とした頭の中から。ヴェントチラノは高名な魔法使いであるだけでなく、すばらしい音楽家だったそうだ。だからこそ僕らの願望や信仰に形を与えるその前の段階に気づくことができたのかもしれないね。賢者に敬意を表しつつ、次に進もう。固定の概念が提唱されたのは700年前のオキチェで、かのワヤ・トルーズリ・パリャス・レン・タエが長く名を残すことになった理由でもある。彼は「下手くそな医者」の中で、タイトルの元になった同名の歌を引用しながら分かりやすく魔法の最終ステップを説明してみせた。
ジョンナ=クの家具工房の若いやつ
自分の指を残らず飛ばしちまったさ
工房の職工みんなで探した指を
くっつけに やってきたのが隣町の医者
ところがこいつが下手くそで
くっつけたのはいいものの
夕に一本、夜中に二本、
朝になるまでにもう三本と
指は次々取れてって
も一度呼んだその時にゃ
指は残らずなくなって
も一度くっつけさせたけど
夕に一本、夜中に二本、
朝になるまでにもう三本と、
ついにすっかり取れちゃったのさ
下手くそな医者、下手くそな医者
夕に一本、夜中に二本、夕に一本、夜中に二本……
これは起こりうる危機を茶化したもので、実際に現在でも「指が取れちまう」ことがないわけじゃない。特に僕らの肉体は魔法の干渉に抗う力が強いからね。特定の人種ではかなり顕著にそれが現れる。切断された指を元通り繋いでやろうとしても、指は切れたままでいたがるんだ。優秀な医師は気難しい僕らの皮膚をなだめすかして現状と理想をすり替える。魔法使いの手を離れたあとも魔法の結果を残し続けるためには、なんとかしてそれをこの現実と地続きにしてやらないといけないんだ。環境から違和感を取り除き、あるべきものとして受け入れさせてやる必要がある。指先の火も、完全に塞がった傷も、空中を踏む足、全く別の場所にいる自分。
想起と創像に固定を加えたことで、魔法の限界にある程度説明がついた。例えば記憶の操作とか、物体の抹消なんかはどんなに強力で優秀な魔法使いでも難しい。直接的な死や病もだ。こうした結果を固定するのは至難の技だということだね……
教師はチョークを置く。地鳴りがして、裸電球の揺れに合わせて生徒たちの影が土埃の降る机へ落ちる。地下にある教室の明かりはこれひとつきりだ。皆が一言も発さずに揺れが収まるのを待った。皆といっても教師を入れてたった5人の学校は、禁制品の書籍をいくつも積み上げて、魔法の二文字を守ろうと頑張っていた。しばらく待っていると、静寂が戻った。張り詰めていた空気はなかなか元には戻らない。教師は疲れた若い顔になんとか笑みを浮かべてみせたが、誰も笑い返さなかった。