本物の竜を見に訪れた人の足音で、ニルカ駅舎のドームは一杯になった。マチステア・ヴァは生地の薄いカーキ色のジャンパーを羽織って、行儀よく流れていく群衆の内に加わっていた。四六時中執行人ではいられない、まともな感性を備えた人間ならばすれ違う人の眼差しや顔つきにありありと浮かぶ嫌悪感、何かひどく縁起の悪い象徴に出くわしたか、あるいは乾いた反吐に群がる鳩を見たときのような不愉快に対する非難に、晒されるのは勤務中ならまだしも貴重な休暇の間くらい御免被りたいだろう。趣味の悪い連中や物好き、変わり者といった他人の視線が気にならない人間もいて、ヴァも相棒が休日にまであの黒いコートを纏って平然と出歩いているのを知っている。ゾヨイヤ・ベルツンは趣味の悪い物好きな変わり者だった。竜の公開日も誘ってやれば喜んだろうが、執行人は目立ちすぎる、ともすると竜以上に。

 ヴァは駅から辛抱強く続いている曖昧な列を守って歩いた。散歩の速度で行けたそれは、“竜園”の鉄柵から先ではかなりゆっくりになってしまい、やがてじりじりとしか進まなくなった。普段着の執行人はだだっ広い舗装された道の両側に大小様々の立方体を流し見ながら、中で餌を準備したり、書類をタイプしたり、貴重な休みで眠りこけたりしている職員のことを思った。この国の人の例に漏れず、彼も一度はここの、つまり“竜及びその他絶滅危惧種の保護区”の職員に憧れた。竜飛行士は既に絵本の中のヒーローだったが、保護区の職員は現実で、学校へやって来て、あの馬鹿でかい幻想の生き物についてわくわくするような話を沢山した。小さかったテオ・ヴァは鱗を磨き爪を削ってやる自分の姿を想像し、その光景を目にするためにくぐらねばならないのがあまりに狭き門だと知るまでは、図鑑を抱いて寝床に入ったものだった。

 列が進むにつれて、人々のざわめきが熱を帯びていく。ヴァは行く手の柵の向こう側をあえて見まいと目をそらした。その瞬間が来るまでは何もかもとっておきたいと思ったのだ、竜という存在を人の頭越しに豆粒ほどの大きさで見るのは惜しい。路面のひび割れと前を歩く他人のスカートの小花柄、どこからか続いている低い柵の鈍い反射光、彼はどうでもいいものに集中し、前方のざわめきに耳を傾けた。足を踏み出すごとにその時は迫り、興奮した囁き声や感嘆のうめき、そればかりか息を呑む音までもがはっきりと聞こえだした。ヴァは写真で見た竜、その昔まだらの友人と意味づけられていた種の姿を思い描いた。偉大な生き物は翼を広げ、地に縫い付けられた人間を空へ解き放つ。幾度となく創ってきた像が心を激しく揺さぶった。なんて素晴らしいの! 前で誰かが小さく叫んだ。もう展示用の柵と堀とが視界に入っていた。じきに彼の番が来る。