「あなたのご先祖様って南方ブレンタ系でしょう。それと少しだけアムナンシが混じっているかしら。だってあなた、少し青いもの」
擦れひとつない革張りのソファへ大胆に身を投げた女から、下手くそな果物かごの静物画の隣にもたれたゾヨイヤ・ベルツンにかけられた言葉はこのようなものだった。グロスが引かれた黄緑色の唇はふっくらとして形が良かったが、同時によく肥えた芋虫のように見えた。長い沈黙のあとゾヨイヤは、現実局の執行人の前で古い古い時代の歴史について話す危険性をきちんと認識しておくべきだ、という旨のことを言った。女がなまめかしく首を傾けると、奔放に巻いた栗色の髪がソファの曲線に沿って揺れた。間接照明のぼかした陰影のなかで、ゾヨイヤは果たして女に自分の秘密を明かすべきか考えあぐねていた。カーテンの向こうにうち広がった都市の輪郭がやけに騒がしく思えた。サイレンの音が微かに聞こえている。
ヴァはここから見えない西のどこかでニッケル貨3枚の麺を啜っているに違いなかった。その様子を思い描くと自然に笑みがこぼれる。相棒は正直な男で、あの四等の、せいぜいボーナスで三等の配給券をもらっていそいそと小綺麗な地区へ出掛けていく、あの至極つまらない生活を心から愛している。満足している。望んでいる。それはある種類の人間、例えば目の前の女から見れば哀れかもしれない人生だった。
陳腐な比喩で血染めにされたソファの上で、彼女のなめらかな肢体は完璧な均整を保ってそこにあった。この階層の人間はだいたいが飢えに苦しんでいる。肉体の空腹とは無縁な彼らの飢餓は腹でなく頭に根差していて、この女の唇の鮮やかな黄緑も、精神的な空白を物質的な質量で埋めようとする虚しい努力の証だった。穏やかな沈黙のなかで、現実局の男は彼女の退屈な人生にちょっとした楽しみを添えてやることに決めた。絵の傍を離れると、長いこと壁と温め合っていた背中は少しだけ肌寒く感じる。この肌寒さに意識の焦点を当てて膨らます。はるか昔に見いだされた作法に則って、結んだ像を正しく組み立ててやると、空想は現実に溢れだした。ゾヨイヤの頭の周りで空気中の水分が音もなく氷結する。癖のついた白髪の先に霜が降りて、足元まで広がった冷気に毛足の短い絨毯が同じようにさくりと霜を結んだ。女は手を叩いて喜んだ。純粋な好奇心に弾んだ幼い仕草だった。
「あなたって最高よ、本当にそう。なんて皮肉なの!」
執行人が息を吐くと、それが瞬く間に白く凍りつく。相棒の丸まった背中が脳裏をよぎった。文明と魔法は相容れぬものだろうか。寒い夜に抗う人間のひとり、その影を追いながら、魔法使いの思考はいつまでも堂々巡りをした。