魔法とは何か。
教官はそれを「存在の基盤となる現実を歪め秩序を破壊するもの」と言った。隣で熱心にノートをとる執行人候補生を尻目に、マチステア・ヴァは白板に癖のある字体で綴られた「魔法」の文字を眺めていた。ヴァが幼い頃、大叔母のエシラノ・ヴァはよく魔法使いの話をした。結婚もせず子供も居なかった「ラナ叔母さん」は、お気に入りの甥を自分の安楽椅子の傍へ呼び寄せては、日常の一要素だった魔法について聞かせた。なかでも一番のお気に入りは、魔法使いの屋敷に住み込んで働いていたむすめ時代の話だった。帰宅した主人がどんなに鮮やかに屋敷じゅうの蝋燭を灯してみせたか、その子供らとつむじ風に乗って浮き上がる感覚と、目眩する高さで木立の枝先に足の裏をくすぐられる愉快さ、小箱に込めた亡き奥方の歌が震わせる夕されの空気の穏やかさ、語る彼女の目は若草に散らした露のごとくみずみずしくきらめいて、かつて世に満ちていた魔法がいかに素晴らしい祝福だったかを、千の言葉より雄弁に物語った。幼かったマチステア・ヴァがこうして魔法というものの一端に触れたことは、その後執行人としてやっていくことに必ずしも負の影響を与えなかった。魔法使いと相対するたび、命を絞り尽くす本物の魔法に魂が震える。彼らの抵抗はなべて美しい、その指先が翻るたび、四元素は生命を得たように縦横無尽に躍り迸る。降り注ぐ刃の雨の先で重力の歪みに膝を折る時、ヴァは思い出している。
「テオ、昔はどこにでも魔法使いがいたんだよ。お上は魔法が嫌いなようだけど、私は大好き。もちろん危険さ、一番恐れ知らずな者でさえ青ざめるようなやり方で、人を傷つけることができる。けどね、テオ、あの人たちはふつうの人間の頭の中にしかない世界を、現実のものとして見せてくれるんだよ。」
魔法使いの額に開いた穴の黒々とした虚無の裏側にはいつだって、大叔母の皺だらけの手の甲へ彼女の経てきた歴史にふさわしい陰影を与えていた、あの暖炉の炎が揺れている。