死の天使

 姉がもてあそんだ魚は、うつろともいえない汚い眼窩を晒して沈黙していた。姉さんは変わってる、とゾヨイヤが半ば独り言のように呟くと、「それはお前もだろう」と声がする。顔を上げれば向かいの席で、兄のロザイアがグラスを置くところだった。
「まさか我が家から執行人が出るとはな」
「自分だって魔法使いを殺す法ばかり作っている癖によく言う。兄さんはさ、奴らにとっては執行人なんかより余程恐ろしい"死の天使"さ」
 死の天使、その馬鹿馬鹿しくさえ思える言葉の響きにロザイアの浮かべた笑みは、冷たい嘲りの色を含んでその面を彩った。
 執行人を完全な処刑人に変えたのは彼だった。執行人は略式の裁判で死刑宣告を下す。路地裏で、アパートの一室で、カフェテリアでそれは起こり、革外套の死神が街角の一角にそっけない緑のテープを張りわたす場面は、行きあった人々の脳裏に、執行人の内ポケットの中の小さなガラス瓶、その内壁に貼り付くプディングのような脳のかけらを想起させた。
「天使か、じき天使も絶滅するだろう。上層部は魔法のみならず神の存在も憎いようだ 。お前、神が存在すると思うか?信仰は存在しないものを肯定する。だから危険視されているんだ、魔法が非現実を肯定するように、信仰は秩序を侵す」
 人はロザイア・ベルツンの肉体に宿る、完全な均整の前に膝を折る。それが信仰でなくて何だろう、血を分けた兄弟ですら慄然とする彼のかたちが現実の境を濁すのなら、滅ぶべきはロザイア自身だった。ゾヨイヤは何の言葉も返さなかった。銀のナイフに映る瞳は目の覚めるような澄んだ青緑、ベルツンの魔法使いの瞳だった。