テオの回想・2

 「テオ、いつか誰も傷つかなくてよくなる日が来るわ」 「本当に?」ラナ叔母さんの暖かい腕に抱かれ、見上げた先で彼女の笑みが涙に濡れている。父と母が爆発に巻き込まれたという報せは海の向こうから渡ってきたばかりなのに、もう家じゅうの灯を消してしまっていた。二人には二度と会えない。不思議だった。いまにあの立て付けの悪い引き戸を開けて、両親が帰ってくるような気がした。長い沈黙が、居間の床板の隙間や、タペストリーの編目に染み込んでいく。大叔母は赤ん坊をあやすように、音楽に身を任すように、ゆるやかな調子で体を揺らした。カーテンの隙間から漏れてくる気だるげな光、街をゆく物売りの声、時折飛んでいく鳩の羽音。都市の片隅にうずくまる我が家のこの部屋は、時の流れに置き去りにされてしまったのだ。空の棺を埋めるまで、決して追い付けやしない周回遅れの現実。
 もう一度尋ねる。「ねえ、本当に?」ラナ叔母さんは、やがて独りになってしまう子供の頭にそっと口づけた。
「ええ、魔法使いがそう望めば、何もかも上手くいくのよ」
「そうなんだ。じゃあ魔法使いに会ったらお願いしてみる」
「それがいいわね」大叔母はにっこりとして涙をぬぐった。「それがいいわ」

 時が過ぎゆき、やがて誰も居なくなった家の空白が胸をふさいだ。空白にふさがれるというのもおかしな話だが、あれはどんな重荷より骨身にこたえた。今のアパートに越してからはそれもいくらかましになった。寄り集まった建物に切り取られた空の小ささにほっとしたのを覚えている。子供の時分は屋根だの煙突だのに邪魔されずに天球を見回したかったというのに。何もかも昔とは違ってしまっていた。もう一般市民には、海の向こうから報せが来ることはない。爆発に巻き込まれるのは兵士と一部の政府職員だけで、彼らは自らの死を携えて家へ帰る。「魔法」の文字列はおとぎ話からも駆逐された。黒い制服に袖を通したのは魔法使いに会うためだったかもしれない。追い詰められた魔法使いは、平和を望んだりしなかった。俺も望まなかった。誰も望まなかった。