「なあ、ひとつ思ったんだが」
マチステア・ヴァがこう発話したとき、その相棒は黒ずんだソファの上で雑誌のページを繰っているところだった。今朝がた殺した魔法使いは手作りの家具に興味があったらしい。執行人は彼の日曜の予定を潰した。
「魔法使いは何故俺たちを消さない」
ゾヨイヤは飾り棚の設計図を目で追ったまま軽い笑い声を立てた。「消したいと思ってるさ、げんに今朝は消えかけただろ。忘れたか?」
「そうじゃない」ヴァの頬骨のあたりには気味の悪い赤紫の痣が残っている。「そういうことじゃない。俺を殴るのにあんな石を出すくらいの力があるなら、逆はできないのか」
『つくる暮らし』が宙を舞う。白髪頭の執行人はそのままの姿勢で空いた手を組み、「さあな。作るのが好きなんじゃないか」とだけ返した。
“よくぞ聞いてくれました。魔法といっても君らが思っているほど魔法じゃないのさ。「付け足す」のは簡単だが元々この現実に存在するものを消してしまうっていうのは、実際かなり骨が折れる。もちろん火を消すくらいのことはわけないが、人ひとり消すとなると並大抵の作業じゃないね。海を消そうとするようなものだ。ロマンチックな言い方をすれば、夜空から星を残らず掃いて捨ててしまう、それに等しいことなんだ。例えば、僕が君を消してしまおうとするだろ。おいおい、例えばの話だよ……君を消そうと思ったら、君がいない世界を創像しなくちゃならん。物理的にいないというだけじゃない。現実は魔法がなくても変わりやすいもの、現実を改変していく主体たる一個の人間を、君を、全力で否定して非存在の状態に追いやり、そいつを固定してやらなきゃならない。それも永遠に。そんなことができると思うか?僕だって車1台消そうとするのがやっとなんだぜ。君はどこにでもいる。君の不在を現実になじませるのが難しい。分からないか?みんな長いこと現実になじんできてるんだ。おいそれと切り取れるものか、相応の覚悟があればできんこともないだろうが、無傷でそれをやるのはそのへんの奴らにはまず無理だ。もっとも、魔法使いの始祖たちは、人を消すことなどわけなかったと言われているんだが。やはり君には分からない、君は魔法が使えないから。"