幸福の味

 「あなたをパパって呼んでいい?」
 シャーロット・ブラウンのその日初めての一言はこのようなものだった。膝に乗せた本のページには子供のひたいにキスをする優しい父親の姿があって、シャーロットはこの挿し絵に全く似ていない自分の名付け親かつ育て親を、父と呼びたいらしかった。旧世界の最後の生き残りであるところの魔法使いの始祖、遊牧民の住まいのように8本の脚を等間隔に壁に沿わせてぶら下がる外骨格の異形トバイアス・ブラウンは、この提案に特段不思議がることも喜ぶこともせず、ただ7つの目をくりくりさせて、「わかった」とだけ返した。それからあとはコーヒーゼリーへミルクを垂らすのに夢中になっていて、ボウルの底でなかば崩れて峰を作った濃褐色の断面に沿って白い筋がいくつも流れると、口肢をせわしなく動かしてそれを舐めた。シャーロットはそれを黙って眺めるだけで、今ある以上の返事は期待しなかった。彼女は彼が食事をする時の真剣さと遊び心、そのどちらもが好きだった。既に両手にはボウルが収まっていて、焦げた夕焼けの色の上には失われた文字で「私のかわいい娘」とミルクの溝が走っていた。魔法使いの娘は父親と同じようにスプーンでざくざくと切れ目を入れて、作ったカールへ「かわいい」を流して底を食べた。それはコーヒー好きを辟易させるであろうほど甘い、まったく個人的な幸福の味がした。